憲法九条を守ろう!

2012年 1月 26日 木曜日

よりパセティックに、より静謐に…

カテゴリー: ネットで見つけた!,音楽で寛ぐ —所長 @ 10:58 pm

1月26日のモーツァルト―その全曲を聴く(3)

バイオリンとピアノとのデュエットによる 短調のVariation 第2弾。こちらは、バイオリンソナタヘ長調の第2楽章ニ短調。前回の KV360 にくらべて、なぜか、よりパセティックで、長調部分の変奏では、より静謐に聞こえる。

バイオリンは、Oliver Colbentson、ピアノは、Erich Appel。はじめて聴く演奏だが、なかなかの好演と聴いた。曲の解説は、モーツァルト作品解説にて。
明日1月27日は、254年目のモーツァルト生誕日、さてどんな曲にしようかな?でも、「死ぬことはモーツァルトが聴けなくなることだ」と言ったアインシュタインをきどるわけではないが、生誕250周年目の日に、全曲を聴こうと思い立ち、もう4年になるも、まだ半分にも達していない。死ぬまでに、完聴できるかな?
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2012年 1月 24日 火曜日

ト短調という運命の調性

カテゴリー: ネットで見つけた!,音楽で寛ぐ —所長 @ 6:23 pm

1月24日のモーツァルト―その全曲を聴く(2)

従来「ああ、私は恋人を失くした」(Hélas, j’ai perdu mon amant)というシャンソンがテーマとされていたが、新全集では「泉のほとりで」によると変更されている。前者のほうが、ドラマティックと思われるが…バッハのロ短調、ベートーヴェンのハ短調と並んで、モーツアルトの運命の調性ト短調、彼の真骨頂の哀愁あふれる変奏曲。主題のあとの変奏では、ピアノとバイオリンが交互に旋律を奏で、あるいは、からみあって変奏を形作る。そして、長調部分の変奏でも憂愁の陰りは収まらない。以下の曲解説では、1781年、ザルツブルグ大司教との確執の後、ウィーンでの再出発の年に作曲されたとある。何か心に期するものがあったのだろう。Youtube では、オイストラフとスコダの名演奏を聞かせてくれる。
曲の解説は、モーツァルト作品解説にて。
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2012年 1月 19日 木曜日

真っ先に身を引くべきなのは一体誰なの?

カテゴリー: 今週の赤旗 —所長 @ 7:01 pm
本日(1月19日)の「読者の広場」の投稿が、Facebook で、話題になっていた。申し訳ないが、今日は、激しく同意・共感したので全文引用。その前に、Youtube で、2年前、「政権交代」前の選挙での野田現首相の街頭演説が載っていた。「言葉が軽い」とは思っていたが、ここまでとは…真っ先に身を引くべき人物がここにいる!

以下投書全文。

「自らが身を切らなければ」と、いかにも神妙なふりをする政治家がいるが、その中味は議員削減だという。そんなことを言う議員は自分がなまけ者であることを証明しているようなものだ。
 もっと子どもに寄り添いたいと願っている教師が、教員削減を求めるだろうか。もっと医療を充実させたいと苦心をしている医師が医師不足をなげかずにいるだろうか。
 どんな職業人でも、熱心な人なら同業者が多ければ多いほど、その仕事が充実するものだと考えるのが普通ではないか。
 つまり議員を減らそうという議員は、豊かな政治をする気がない人たちなのだろう。だからわたしは、その人たちに「身を切るなど中途半端なことを言わず、身を引きなさい」と言いたい。
 議員を減らしたいのなら、自分が議席を返上し、以後立候補しなければよい。議員定数削減は全く必要がない。その人たちがいなくなった分、しっかり仕事をする議員が埋めてくれればよい。ちなみに共産党の議員を見る限り、身を切らなければならない議員なんて一人も見当たらない。

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2012年 1月 18日 水曜日

江戸クリエーターの批判精神

カテゴリー: 今週の赤旗 —所長 @ 11:31 pm

みかけハこハゐがとんだいゝ人だ

本日(1月18日)付けの文化欄に、今年没後150年の歌川国芳(うたがわくによし)展の記事が載っていた。東京開催なので、観にゆくすべもないが、人間の顔に、人体を埋め込んだ「みかけハこハゐがとんだいゝ人だ」の写真が面白い。(右画像)「妥協を許さないクリエーター(表現者)の気概。自己の創作には品質、権力者には批判精神」とアライ=ヒロユキ氏は賞賛する。

浦島太郎の竜宮城でのお祭り騒ぎは、諸外国の要求と財政難に右往左往する無能政治家の姿を表したものであり、TPP(環太平洋連携協定)対策と累積赤字などに翻弄(ほんろう)される現政権に重なる。巨大な大衆ヒーローが大名行列を見下すさまは、武士が支配する身分制度への揶揄(やゆ)でもある。

こうした、江戸文化の「底流」はなかなか紹介されないことが多かったが、近年は便利になったもので、以下、ネットにあった歌川国芳の絵画である。
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2012年 1月 17日 火曜日

この日の「鎮魂歌」として…

1月17日のモーツァルト―その全曲を聴く(1)
Mozart: Maurerische TrauerMusik - Harnoncourt/WPh(2004Live)

日頃は、モーツァルトの「レクイエム」などの「鎮魂歌」を聞くことはあまりないのだが、今日、この日はこの曲を聞いて一日の終りとしたい。6分間の短い曲だが、地の底から沸き上がって来るような弦の調べが、最後まで感情を高ぶせながらも、清めてくれる気がする。今はダダ、17年前、そして、3.11の大震災の犠牲になられた方々に心から哀悼の意を捧げる。画像をクリックすれば、Youtube へのリンクとなる。(カルロス・クライバーを偲んで、アーノンクールがウィーン・フィルを指揮したライブ録音だそうだ。それにしても、「ジャケット」に少女漫画とは意外な組み合わせだ。)
17年前に、神戸協同病院での献身的な活動の様子は紹介したが、その製作者石川さんもブログに、この曲を含めた CD について書いておられる。

 店内には,今まで聴いたことのない曲が流れています。柔らかい管楽器の音です。/天上の音楽のようです。スピーカー横にLPジャケットがあります。/ モーツァルトのフリーメーソンのための音楽でした。/穏やかでまったく騒ぐことのない音楽でした。大編成のシンフォニーばかり聴いていた私にとってとても新鮮な驚きでした。

いつでも笑顔で神戸から(^_^) シニア世代のためのblog」より

*曲情報:Mozart: Maurerische TrauerMusik(フリーメーソンのための葬送音楽)K477 – Harnoncourt/WPh(2004Live)(アーノンクール指揮ウィーン・フィル)
【注】フリーメーソンは、Wikipedia 参照のこと

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2012年 1月 16日 月曜日

オダサクへのオマージュ

少し過ぎてしまったが、1月10日(1947年)は、彼の命日である。当方は、彼と人生を重なることはなかったのだが…

たあやんは浪速の街に生きている

また、しょうこりものーでてきよりました。おださく、よろしおまんな。おおさかじんのええとこ、えげつないとこ、せんせはみんなかいたはります。わては、いっとーええのは、「わがまち」とおもてま。ちらっとやけど、わてのすんでるとこ、でてきますのや。ちょうこはんとりゅうきちはんもとうじょうでんがな。もりしげはんのりゅうきちもええけど、しんこくげきで、ベンゲットのたあやんをやらはったのが、しまだしょうごはん。これまたたまらんだすな。しぶーて、ちょっといやらしゅーて、そんでも、ひんがありまんがな。まつけんはんがなんぼのもんじゃい。さいごよつばしのプラネなんとかというとこで、みなみのほうでしかみえへんおほしさんみてなくなはりまんねん、ほんま、なけてくるがな。そのでんきかがくかんものーなってしもうて、おおさかのまちもさびしなってきたわ。おださくせんせ、たまにはあそびにきて、また、おもろいはなしきかしておくなはれ。

織田作之助 新国劇でおなじみ、「ベンゲットのたーやん」の話である。織田作之助(写真)の「わが町」(青空文庫)を元にしている。少し個人的な注釈を少し。一つには、南河内郡狭山の地名が出てくることである。狭山近辺には、オダサクの足跡があることは、「織田作の旧家を訪ねて」で書いた。もひとつ、今はなくなってしまったが、たーやんが波乱の生涯を閉じた四ツ橋電気館のプラネタリウムに、子供の時に連れてもらった事が、思い出されれる。現在は、電気館はなく、大阪市立科学館のプラネタリウムになってしまった。(大阪市立科学館プレスリリース

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2012年 1月 14日 土曜日

もうすぐ、1月17日…

カテゴリー: あの頃の事,今日は何の日… —所長 @ 9:49 pm
1995年1月17日神戸協同病院のマンション屋上から撮影もうすぐ、1月17日がやってきます。当方はあの時、何をしたのか、いや何が出来なかったのか?それは、17年経過した今となっては、遠い記憶の深層に沈んでいます。その上、3.11を経験し、ともすれば、何か「無力感」を再確認するだけですが、「記録」が単なる「回想」に終わらせてはならないとつくづく思います。当時の、ご自身を含めた現場での献身的な活動をホームページに淡々と綴られた石川先生の深い思いに敬意を表します。1月25日頃まで、「懐かしい」(といってはいけないのだろうな)画面が閲覧できるそうです。
そのリンクは、「大震災が教えたくれたこと 」です。写真はそのホームページからです。1995年1月17日神戸協同病院のマンション屋上から撮影されました。

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2012年 1月 9日 月曜日

「書架散策」の一文

カテゴリー: あの人のこんな言葉...,今週の赤旗 —所長 @ 12:06 am

寺山修司

新聞の読書欄というのは、書評を読んだだけで、その本を読んだ気になるのが不思議である。特に、その欄にあるコラムなどは、短くても書評子の「人柄」が出てくるので面白い。本日の「書架散策」は、スタジオジブリプロデューサーの鈴木敏夫氏、若い頃読んだ、寺山修司「戦後詩 ユリシーズの不在」の寸評である。寺山修司の本は、当方も若いころ幾冊かは読んだ記憶があるが、もちろん、この一冊は未読である。
書き出しは、こうである。
印刷機械は『ことば』を劃一(かくいつ)化し、知識の発達のために役立て、やがては『大きなコミニケーション』を生み出していった。
だが、私たちのどんなデリケートな感情をあらわすことばも、喚(わめ)き声も、ささやき声も、同じ大きさの鉛の鋳型(いがた)にはめこむという活字のおそろしさに気づく者は誰もいなかった。
寺山修司も想像出来なかったようなコンピュータ時代、さらに『大きなコミニケーション』、そして輪をかけてその画一化が進んでゆく中、個人のデリケートな感情を伝えるためには…寺山の指摘は依然として鋭い。
さらに、寺山の”歴史嫌い”に触れて、歴史は、
『過ぎ去った日』について語るか『たぶん、やってくると思われる日』について耳をすますだけで、現在進行中のものではなかったから
…国家として考えるより土地として考える事のほうがはるかに新鮮だし、それに人間的な気がする
鈴木敏夫氏の卒論のタイトルが、寺山修司に惹かれて「個人に於(お)ける歴史の役割」だと言う。もちろん、これは、プレハーノフの「歴史における個人の役割」を逆転したものだが、その後も、何かスタジオジブリの作品にも影響を与えている感じがする。
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2011年 12月 31日 土曜日

倫敦と佐渡ヶ島

カテゴリー: あの人のこんな言葉...,ネットで見つけた! —所長 @ 12:00 am
今年7月、遠くロンドンの地で、義姪に女の子が生まれた。イギリスでは出産から自宅に帰ると、一週間毎日、保健婦さんが家庭訪問をして、実用的なアドバイスをしてくれる。だが、台所に酒瓶が転がっているアルコール依存症の親には、育児を任せないという厳しさもあると言う。夫君は、歌人。その事を詠んだ一首。

あまた酒瓶転がりをれば連れ出すという国に親の一歩を踏めり

佐渡島(Wikipediaより)

折も折、Facebook で、JA新潟県厚生連佐渡総合病院小児科の紹介ページが掲載されていた。

私ども地域医療に携わる小児科医は、子どもたちの生まれ育つ「場」を全体的にとらえなおすことができます。その立場を活かして、子どもたちに全人的、全体的かかわりができる、これが地域で暮らす小児科医の醍醐味です。

高齢化社会であればあるほど、子ども達や小児科医の存在感が増します。地域に住む老人たちは、お孫さんと接することで、どんな薬よりも元気づけられています。その大切な孫を助ける小児科医はやはり老人たちに歓迎されます。

かかわらせていただいた子どもたちがどんな親になり、どんな子どもを育ててくれるのでしょう。新生児と瞳を合わせるたびに素晴らしい可能性を感じます。それをどう引き出せるのか、エコロジカルな興味が尽きることはありません。「1人の子どもが育つには、村人全員の力が必要だ。」ということわざがあります。佐渡に住む方々のお力をお借りして、子どもたちが大きく羽ばたくお手伝いをさせていただければ幸いです。

英国と佐渡ヶ島、もちろん、置かれた条件は同じではないし、国や地域によって、方法は様々だけれども、「子育て」という人間的・社会的な営為は今日も続く。そして、それに込める気持ちに変わりはあるまい。「飛べ、ここがロードス島だ!」当方、来年に向けての「心の糧」にしたい。
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2011年 12月 28日 水曜日

異型の原野にしてはならない

カテゴリー: 今週の赤旗 —所長 @ 11:58 pm

12月28日付 文化欄 「俳壇」より

たかが、五七五と言われるが、そこに込める俳人の意気たるや、凄いと思う。

地(ち)に在(あ)れば
数多(あまた)の
われの
一人(ひとり)の震(ふる)へ 仲里夏彦

米の一粒一粒(玄米)― Wikipedia よりその「震え」は、もちろん、地震のそれであろうが、同時に、未だに「収束」をみない原発事故のおぞましさでもあり、そうさせた原発関係者への怒りでもあるだろう。視覚に写るありふれた自然の中の立ち向かわなければならない「現実」の認識をこの一句に結実させている。もう一つ、最後に引く句も同様な視線の佳句である。

福島新米その一粒と見つめ合う 石川貞夫

同じ紙面の「論壇時評」には、「世界」の特集「原発 全面停止への道」の一論文で、細川護熙元首相が「さして疑問も抱かぬままに原発を容認」してきた「非」を認め、原発廃棄を訴えているとある。一度読んでみたいと思っている。
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