カテゴリー別アーカイブ: お芝居のこと

阪堺線と「浪漫的亡命者」

10389715_861904333861160_6874151111793590337_n10945039_874004099317850_3149274733417713027_n先日、少し用事ができたので堺の御陵前まででかけた。以前は阪堺線が恵美須町まで通っていたので、天下茶屋まで乗り換えなしでずいぶん楽だった。その気で乗ってみたら、今は天王寺駅前までで、どっかで乗り換えなければならない。乗換駅がもひとつ判明せず、結局「我孫子前」とわかったのが何回か路面電車を乗り降りした後でずいぶん時間がかかってしまった。おかげで、昼間の電車だったので空いており、また待ち時間の間にゆっくり読書にふけることができた。読んだ本は、「コースト・オブ・ユートピア」の主人公ゲルツェンの伝記・E.H.カーの「浪漫的亡命者」の最初の数章。

ゲルツェンは、1847年にロシアを出国して以来、ふたたび祖国の地を踏むことがなかった。そんなドイツ、イタリアへの旅立ちの日から伝記は始まる。彼は、ロシア貴族の私生児の出自で、ともに同じ境遇だった従姉妹のナターリアと結婚した。のちに友人ゲオルク・ヘルヴェークとの不倫に悩むことになる。などなど、なかなか興味ふかい。と章がすこし進んだところで、最近阪堺線に導入された「トラム」が目の前を通り過ぎた。なんだか時空を超えて不思議な感じがした。同時に、「トラム」のなかで、「コースト・オブ・ユートピア」などの芝居ができたらというとんでもない妄想も浮かんできた。

 


4月10日のオフ

*国立文楽劇場で「菅原伝授手習鑑」前半を観てきた。なかなか重層的な筋立ての作品である。

「菅原伝授手習鑑」芝居絵

「菅原伝授手習鑑」芝居絵


*今日のメディア逍遥
〽浄瑠璃にリュート重なりわが浮世喜び哀しみひとかたの夢


11月14日のちょっとの診療とオフ

*今日は、朝一番に病児保育「まつぼっくり」の「回診」を行い、国立文楽劇場へ行った。演目は「伊賀越道中双六」の通し狂言。朝10時過ぎから夜9時近くまでの通し狂言、いろいろな登場人物と筋はけっこう面白かった。以前、バイクで伊賀上野近辺を通った時、「鍵屋の辻・荒木又右衛門決闘の地」があったなあ。が、なにせ通し狂言をぶっ続けで観るのは、体力勝負だとつくづく感じた。

伊賀道中双六

伊賀道中双六


*今日のメディア逍遥
文楽の三味の音(ね)語る哀切にいつしかフォリアの弦と重なる


4月19日の診察室

*大阪でも、まだまだB型インフルエンザの発生があるようだ。デイサービスにて、「Kさん、下のお地蔵さんに願っといたからね」「ありがとう、せんせ、私の体のこと、心配してくれはったんやね」「うう、ぎょうさん、お金が入ってくるようにと祈ったんやがな」(笑)
*今日のメディア逍遥

アーノルド・ウェスカー「根っこ」

アーノルド・ウェスカー「根っこ」

写真は、赤旗文化欄4月19日に載った劇評、学生時代に、本当は何も分かっていないくせに、生意気にもこの芝居の演出をした。まま周囲の冷たい反応にもかかわらず、恋人の言葉を伝えるビーティ、でも、「きっぱりと言い切る」ことにより、新しい地平が拓けるのだ、といった演出意図だったように記憶している。渡辺えり子さんらの地人会新社での上演は、私らがやった学生芝居のお粗末な出来などに比ぶべくもないと思うが、今の時期、観たかったなあ、大阪などで再演を期待する。

3月4日の診察室

*物忘れがあり、認知症が心配なHさん、「私、忘れんようにメモしとくんや、そやけど、そのメモをどこにあるんか、すぐ忘れるんや」。まあ、大丈夫じゃないかな、Hさん。
*今日のメディア逍遥

村田雄浩さんのインタビュー記事

村田雄浩さんのインタビュー記事


先日、紹介した河合栄治郎をモデルにした、福田善之の「長い墓標の列」が、7日から、東京・新国立劇場で上演される。その主人公を演じる村田雄浩さんのインタビュー記事が、3月4日付けの赤旗・文化欄に載っていた。赤旗も、福田善之の芝居を紹介するなんて、時代も変わったもんだ、とは個人的な感想(笑)、もっとも福田善之(ウィキペディア)というのも知らないのが若い世代か?昔、大河ドラマで竹中半兵衛をやってましたね、と職場で言っても、チンプンカンプン(笑)


1月12日の診療室

*昨日の夜診で、成人でインフルエンザ迅速検査A型陽性が一人、今日の診察でも、保育園児が一人陽性なので、いよいよ地域でもインフルエンザの流行期に 入ったのだろうか?午後から、法人内で2月の学術運動交流集会のプレ発表会、『「Fukushima」が語りかけるもの』など大仰なタイトルを付けたが、 うまくまとまるかな?
*今日のメディア逍遥
2月3日(日)に、金沢在住の劇団「アンゲルス」( http://www.theater-angelus.com/ )の京都公演、イヨネスコの「椅子」は、昨年、金沢でも観たので、芝居後の演劇部OBの「飲み会」から参加することになろう。京都の元小学校が会場らしいが、そこで味わう芝居も興味はあるのだが…


8月1日の診療など

*病児保育「まつぼっくり」は、「満室」であふれるかと思ったが、なんとか希望通りに入室できたみたい。年長児と年少児の二つのグループ、やはり、遊び道具や遊び方もだいぶ違うようだ。
*本日は、PL花火!夕方我が家に集まって見物予定、リアルタイム中継とはいくまい。
*「今ここでお客さんと一緒に空気をつくっていく、というのは、芝居だけの世界です。」この”ドタバタ劇”もみたいなあ。「日本においては、悲劇は喜劇であり、喜劇は悲劇である」とは、演劇部先輩の言。(赤旗7月31日付けより)

赤旗7月31日付け

赤旗7月31日付け


井上ひさしが残してくれたこと

こまつ座旗揚げ公演ポスター

あれは、もういつのことだったか、東京に何か用事で出張に行っていた時だろう、新宿の街を当てもなくぶらついていると、芝居の切符を差し出す男の人に出会った。なにしろ「おのぼりさん」故、最初は、押し売りかと警戒したが、「都合で観られなくなり、遠慮なく使ってください」との親切さが伝わってきたので、遠慮なくいただいた。会場に行くと、「もぎり」(芝居で切符切りのこと)の女性がずらっと立っている。パンフ売りや案内係りも女の人ばかりだった。しかも、テレビかどこかで見たような方が近づいてきて、「井上です。ようこそお越しいただきありがとうございます。」と握手していただいた。その人が、前夫人、好子さんであったことは、後で知った。ともかく、スタッフがすごく芝居を盛り上げようとしていた雰囲気を感じたが、これも後で考えると、「こまつ座」旗揚げ公演だったからだろう。その時観た芝居は、「頭痛肩こり樋口一葉」、出演者全員が女性である。上記のスタッフ全員が女性で揃えたというのも、最初からの「狙い」だったようだ。
学生時代には、少し芝居をかじっていたからか、井上ひさしのイメージとして、「何か俗っぽい」と勝手に思っていたが、その見方は一変した。樋口一葉(夏子)をはじめとする女性たち、そこには幽霊までも登場するのだが、その彼女たちの絡みは、よくできたドラマツルギーを感じた。それ以来、井上ひさしの戯曲は、レーゼドラマ(読む芝居)として、読むようになった。最近は、NHK衛星放送で、芝居の実況もするようになったので、録画して楽しんでいる。小林多喜二が登場する「組曲『虐殺』」もその一つである。多喜二の姉役を演じた高畑淳子さんの演技にも「うまいなあ」と感じた。

月曜インタビュー−高畑淳子さん

映画「欲望という名の電車」
少し前の記事まで遡るので「今週の赤旗」という分類に変えた。今回は、12月5日付の文化欄から。
インタービューの相手は、今度「欲望という名の電車」の主役・ブランチを演じる高畑淳子さん。テネシー・ウィリアムズの芝居は、学生時代に、杉村春子主演で観たことがある。とても、アクの強いブランチで、義弟と絡むシーンは、その頃、60代の杉村春子さんの「壮絶な」演技だったことを憶えている。また、ビビアン・リー主演の映画(右写真)も、また、別の趣向だった。相手役マーロン・ブランドは「ゴッドファーザー」では、「大根」と思ったが、この映画ではフレッシュでなかなかの演技だった。(エリア・カザン監督に抜擢されたとか)今度、高畑淳子さんは、そのブランチを、「タフな女性」として演じるというが、インタビューの全体では、むしろフツーの女性になるような感じを受けた。ステージ上では、どんなブランチになるのか、楽しみであるが、関東地方のみの公演で観にいけそうもなく残念!

 


果《は》つるとも、春の日を待ち、種《たね》を播《ま》く

FB友が、幕末〜明治への様々な人物評論を書いておられる。その博識に感銘するばかりであるが、以前、あるサイトに以下のような駄文を書いたのを思い出した。もうサイトからは消えてしまったとおもっていたが、ひょんなことからハードディスクの中からファイルを救い出せたので掲載する。

よろづぶてうほう」号外第七号

一千九百十一年(明治四十四年)一月二十五日

嗚呼《あゝ》!此処に、明治「魔女伝説」は終焉《しうゑん》す

古より、「文は人なり」と云ふ。管野スガ君の人柄に関し、毀誉の意見、幾多あれど、女史の遺したるを見れば、其の性、純にして、情、篤き事、明白なり。此処に、堺 利彦先生の愛娘、堺 真柄氏への手紙と「死出の道艸」からの和歌数首を掲げて、女史を偲《しの》ぶ縁《よすが》とせん。

菅野スガ堺利彦の娘、堺真柄への手紙 一千九百十一年(明治四十四年)一月二十四日付け

――まあさん、うつくしいえはがきを、ありがとう。よくべんきょうができるとみえて、大そう字がうまくなりましたね。かんしんしましたよ。まあさんに上げるハオリはね、お母さんにヒフにでもしてもらって、きて下さい。それからね、おばさんのニモツの中にあるにんぎょうや、きれいなハコや、かわいいヒキダシのハコを、みんなまあさんにあげます、お父さんかお母さんに出してもらって下さい。一度まあさんのかわいいおかおがみたいことね、さようなら。――

「死出の道艸」からの和歌(抜粋)
限りなき時と空とのただ中に小さきものの何を争ふ
野に落ちし種子《たね》の行方を問いますな東風《こち》吹く春の日を待ちたまへ
やがて来む終(つい)の日思ひ限りなき生命《いのち》を思ひほほ笑みて居ぬ
波三里波島《はしま》の浮ぶ欄干《おばしま》に並びて聞きし磯の船うた
千仭《せんじん》の崕《がけ》と知りつつ急ぎ行く一すぢ道を振りも返らで
西東海をへだてし心にて墳《おくつき》に行く君とわれかな

瀬戸内晴美氏『遠い声』より
「すぐすむよ」
秋水が私にささやく…秋水と飛ぶ。ふたり抱きあって、強く。更に高く虹を負って飛ぶ。

福田善之氏『魔女伝説』より

いのちをかけた言葉が / 吐きたい / いのちをかけたおこないを / したい / ほかに / なんにも / したいことがない
スガ (かたわらの誰かに話しかけるように)夢を見ました……二、三人の人と、小さな流れに沿って、畑のなかのひとすじの道を歩いており、ふと空を見あげると、日と月が三尺ほど隔てて、蒼空のなかにはっきり浮かんでいます。そして太陽も月のような色で三分ほど欠けていました。日月相並んで出るは大兇変の兆っていうわね、と連れの人に話しかけたところで目が覚めて……今朝に降りつもった雪が、朝日に輝いて、とても綺麗……何故だかわからないけれど、落ちついているみたいですね、私……

スガ、歩いて行く。

「大逆事件シリーズ」おわりにあたって

この日を以て、我が「よろづぶてうほう」上で綴ってきた「革命伝説」はひとまず終了する。思えば、黒岩 涙香「よろづてうほう」元社主の事を、「十年一覺蒼穹夢」で書いて以来、涙香兄が、傍らに居られ、その「御霊」の力で、一週間のシリーズを書いていた気もする。「十年」から見れば、短いが、これもまた夢の目覚めなのだろう。でも正直言って、楽しくかつ爽やかな夢であった。それは、志半ばにして手折れたけれど、事件関係者が「生きてえように生きてえな、やりてえ事をやりてえな」(福田善之氏『真田風雲録』からの真田隊マーチ)とする、影日向のない清々しさを持っておられたからだろう。ともすれば、建前と本音を使い分けざるを得ない我等小人にとっては、うらやましい限りである。
気がつけば、いつしか「よろづぶてうほう」の日付も現在型になり、不調法で、間違いだらけの文語調も口語体になっている、今はもう、涙香兄もそばにいない。ひょっとしたら彼岸の地で、秋水氏らと昔話で盛り上がっているのかもしれない。であれば、その場でぜひ伝えてほしい「ありがとう、皆さん、つもる話があればいつでも聞かせてください」と。その時は、「よろづぶてうほう」が、また、読者諸氏の前に姿を現す機会であるだろう。今までの、愛読に感謝し、それまでしばらくのお別れである、さようなら!