カテゴリー別アーカイブ: 身の回りの出来事

阪堺線と「浪漫的亡命者」

10389715_861904333861160_6874151111793590337_n10945039_874004099317850_3149274733417713027_n先日、少し用事ができたので堺の御陵前まででかけた。以前は阪堺線が恵美須町まで通っていたので、天下茶屋まで乗り換えなしでずいぶん楽だった。その気で乗ってみたら、今は天王寺駅前までで、どっかで乗り換えなければならない。乗換駅がもひとつ判明せず、結局「我孫子前」とわかったのが何回か路面電車を乗り降りした後でずいぶん時間がかかってしまった。おかげで、昼間の電車だったので空いており、また待ち時間の間にゆっくり読書にふけることができた。読んだ本は、「コースト・オブ・ユートピア」の主人公ゲルツェンの伝記・E.H.カーの「浪漫的亡命者」の最初の数章。

ゲルツェンは、1847年にロシアを出国して以来、ふたたび祖国の地を踏むことがなかった。そんなドイツ、イタリアへの旅立ちの日から伝記は始まる。彼は、ロシア貴族の私生児の出自で、ともに同じ境遇だった従姉妹のナターリアと結婚した。のちに友人ゲオルク・ヘルヴェークとの不倫に悩むことになる。などなど、なかなか興味ふかい。と章がすこし進んだところで、最近阪堺線に導入された「トラム」が目の前を通り過ぎた。なんだか時空を超えて不思議な感じがした。同時に、「トラム」のなかで、「コースト・オブ・ユートピア」などの芝居ができたらというとんでもない妄想も浮かんできた。

 


貼り付け2つー大阪市住民投票を終えて(4)

まず Youtube から
”ラモー・新クラヴサン組曲から第4組曲第5曲・ファンファリネット, ca.1728:この曲はチェンバロ(フランス語でクラヴサン)のために書かれたもの­で、「小さなファンファーレ」の意味があります。演奏に際しては、随所に出てくる細か­い装飾音符に注意し、ファンファーレのように高らかな気持ちで弾きこなすといいでしょ­う。”

そして、藤井聡さんのFB投稿貼り付け
大阪都構想騒動、今こそ「事後検証」が求められています。
From 藤井聡@京都大学大学院教授
大阪都構想が否決されて一週間以上が経過しました.
その間,「都構想の否決」以上に,マスコミ,ネット界隈を騒がせたのは,「橋下氏の辞任」という「ふわっとしたネタ」でした.
大阪市の存亡をかけた凄まじい問題であったにも関わらず、何とも絶望的な気分になってしまいますが,そもそも橋下辞任という話は,今回の都構想の住民投票とは何の関係もない話。その関係の無い話に政治生命をかける宣言されたのは橋下氏個人だったという点は忘れてはなりません.
一方で,橋下氏個人のネタに比べれば,今回の「都構想騒動」について総括するような言論は,極めて不十分です.
これは大変に由々しき事態です.そもそも都構想が通っていたら,当方が繰り返し主張してきたように,
・大阪市民の自治は失われて大阪市はつぶされて大阪はダメになり,
・関西の地盤沈下が加速し,それを通して,日本が破壊される
という超絶な危機に直面していたのです.同時に,
・あらゆる反対意見をデマと断じつつ公権力を使って弾圧し,
・ウソで固めたプロパガンダを繰り返して政治的目的を達成する
という,あからさまな「ルール違反」でもって実際に政治が動いてしまうことを通して,日本の自由民主社会そのものが深刻な危機さらされる,という事態にも私たちは直面していたのです.
つまり,今回はたまたま大阪,そして日本の政治経済が直面していた深刻な危機が回避されただけで,ちょっとした条件が変わっていれば(なんといっても票差は1万741票,0.8%弱しかなかったのです!),深刻な被害が私たち日本国家にもたらされていたに違いないところまで立ち至っていたわけです.
それはいわば超大型台風が上陸し,数十兆円もの経済被害と数万人という死者がでかねない状況下で,いくつかの幸運と担当者の懸命の努力によってギリギリのところで災害が防がれた、という様な状況です。
こんな時,防災担当者は,台風が過ぎ去った後に何も考えずに日常に戻るようなことは絶対にいたしません.まっとうな者は皆,今回たまたま災害を防げた事を神に感謝しつつ,自分たちの防災システムの強靭性を真剣に
「検証」
するのです.そうした徹底的な検証があってはじめて、「次」の台風に備えて一体何をすべきかが見えてくるわけです。さもなければ同じような台風が訪れた時には、今度こそ想像を絶する災害が発生することにもなりかねないからです。
これはリスク管理、あるいは、強靱化対策における常識中の常識。
だからしばしば,
「もう終わったことなんだから,とやかく言うなよ。未来を考えようぜ。」
というような意見を目にすることがありますが、それこそ「今」の気分だけを重視して「未来」を無視するトンデモ無い意見。大阪の未来、日本の未来のためにも、今回の橋下維新による都構想騒動とは一体なんだったかの「徹底的な検証」が強く求められているのです。
・・・・ということで、ここでは早速、その皮切りとしていくつかの点について簡潔に検証してみましょう。
第一に、「都構想」というものが、トンデモない代物だったという事を政策論的に改めて確認することが必要です。
しかし、その論証は既に終わっていると言って良い状況にあります。例えばこちらを、改めて確認いただければ,もうそれだけで、「○○都構想」をやろうなどという、くだらない政策論が生ずる「リスク」は最小化されるのではないかと思います。
「大阪都構想の危険性」に関する学者所見
第二にそれにも関わらず、橋下氏は、徹底的なデマやウソを効果的に喧伝しながら、都構想を無理矢理に進めようとした、という事実を明らかにすることが必要です。
例えば「二重行政を解消して大阪を豊かにする」ことなど不可能だという事は、橋下氏本人がかつて認めている事を窺わせる発言をしていたにもかかわらず、
2014.7.4【橋下市長会見詳報】「それはあなた(記者)の主観だ…僕の価値観は(都構想の)財政効果に置いていない」
TVCMで連日そのセリフが繰り返していました。
(たとえば Youtube
あるいは、橋下氏は都構想のリスクを指摘する意見をことごとく「デマだ」と、根拠も無く断じ続けました。
2015.5.2【大阪都構想】「全部デマ」「偽装表示」橋下氏ら街頭PR
この橋下氏の発言が「デマ」であることは明白です。例えば、当方が指摘した「7つの事実」はいずれも、ありとあらゆる「賛成論者」の批判にさらされましたが、100日を経てもなお、何人たりとも「論理的に否認」できなかったものであり、「事実」と言わざるを得ないものだったのです.この一点をとってみても、「全部デマだ」と断じ続けた橋下氏はデマを言い続けていた事は明白です。
つまり橋下氏は有権者を「いつわり、あざむこう」としたと考えざるを得ないのです。そしてこの「いつわり、あざむく行為」とは、広辞苑によれば「詐欺」と定義されていますから、
「橋下氏は『詐欺』を働こうとした」
と解釈する他ないわけです(もし筆者のこの結論が誤りだと主張したい方がおられるとするなら、筆者のこの論証のどこに誤りがあるのかを、是非ともつまびらかに論証いただきたいと思います)。
いずれにせよ、この第二の検証点を確認しておくことは、もう二度と「政治家のウソ」に騙されないようにするために、極めて重要だと考えます。
第三に、そうした橋下氏の「詐欺」に多くの大阪市民や公衆が「騙されてしまった」のは、「改革だ!」と言えば無条件によいものだと考えてしまう風潮がここ20年ほど我が国を支配しているからに他なりません。
橋下氏は、そうした世間的風潮に便乗したというわけです。ですからこの詐欺は、
「改革詐欺」
と呼ぶべきものと言えるでしょう。
橋下江田改革、小泉竹中改革、そして民主党の事業仕分けは全て、そういう「改革詐欺」の系譜であり、今回の都構想もまた、その系譜にきれいに乗っていると考えることができます。
もう二度と、「改革詐欺」に日本国民がひっかからないためにも、これから多くの国民は、「改革詐欺」のリスクを常に念頭においておくべきであると考えます。
(※ 例えば,いきなり「総合区」の議論が大阪では出てきていますが,これもひとえに「改革詐欺」についての検証と反省が不十分だからに過ぎません.
そもそも総合区にもさまざまな考え方があり,かつ,別にこれが最高だというわけでも何でもないのにいきなり今取り沙汰されているのは,なんでもいいから変えることが良いという風潮があるからに他なりません.
大阪を豊かにするために,改革なぞよりも先にせねばならぬことは山ほどあるのです.例えば,筆者の『大大阪構想』は,総合区であろうとなかろうと,十分に遂行可能です.
改革を叫ぶ前に,最善の対策を考える思考パターンを私たちは身につけねばなりません.)
第四に、橋下氏達は、「都構想を通す」ためにウソをついただけではなく、批判的な人々を黙らせるために、法律すれすれの振る舞い、あるいは法律の一線を明らかに越えた言論封じ、言論弾圧を行ったという事を忘れてはなりません.
その典型的な事例は、(客観性を保つべく、あえてこう記載しますが)「某国立大学教員に対する徹底的な言論弾圧」だったことは、本誌読者ならば周知の事実でしょう。
サトシドットコム
サトシドットコム
これは、日本の自由民主主義に対する、あからさまな敵対行為です。何と言っても,都構想に対して批判的事実について言及していた某大学教員をTVに出させないように求める圧力文書を,「維新の党」の松野幹事長名義で各TV局に送付していたのです.これは,当該言論人の「表現の自由」「基本的人権」を侵害するあからさまな憲法違反行為です.
こうした橋下維新の振る舞いを放置しておけば、我が国の政治もまた(世界中に存在する反自由主義的な国々の様に)「あらゆる権力の横暴」「テロル」が横行する恐怖政治へと、着実に、一歩一歩と接近していくことになってしまいます(そんな馬鹿なとお感じの方は是非、下記文書をあらためてご確認ください。まっとうな感覚さえあれば「空恐ろしさ」を感じざるを得ない公党文書です サトシドットコム サトシドットコム
第五に、こうした橋下氏の言論弾圧という「自由社会に対する挑戦」行為が,一部を除けば新聞,テレビ,雑誌,ネットジャーナル,あるいは,国会・議会等でほとんど問題視されなかった,という事実も忘れてはなりません.
そもそも,維新の党の松野幹事長名義の圧力文書が在阪TV各局に送付されてから週刊誌にそれが暴露されるまでの数週間の間,TVの報道部はその事実を隠ぺいし続けたのです.その文書が憲法違反であることがほぼ明白のものだった点も踏まえるなら,これはTV局が公権力者の言論弾圧に屈していたと言わざるを得ない構図にあります.
この第五の事実は,日本の自由社会を守るために,つまり,日本の言論の自由,報道の自由を守るために何が求められているのかを考えるうえで,極めて重要な意味を持ちます.
……
以上,ここでは,今回の大阪都構想という「改革詐欺」を、簡潔に事後検証いたしました.
ここで挙げた検証点以外のものも多数あると考えられますし,それぞれの論点についてもさらに掘り下げることも必要ですが,まずは,その第一歩として本稿を公表させていただいた次第です.
是非とも皆様,今回の様な「改革詐欺」リスクを最小化し、この様な騒動を二度と起こさない様にするためにも、それぞれお立場からこうした検証やその社会的周知にもご協力いただけますと、大変ありがたく存じます。残念ながらマスメディア等、本来動くべきところが動かないとするなら、気づいた人が気づいた事からやり始める他にありません。
どうぞよろしく,お願いいたします.
PS
そして思想的には、今回の騒動が如何に、おぞましき「全体主義」構造を有していたのかを明らかにすることは極めて重要であると考えます。
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師曰く(10)

11255501_927290510655875_2395789105958445820_n宮本憲一先生曰く
『日本には、天子のおられる都はある。
しかし、都市はない。
大阪は、自由な市民の都市にして欲しい。』
そして、市民の都市というものを発展させるのが都市政策である。
『単に大阪市を経済のまちにしてはならない。やはり、文化やみんなが図書館に通って本を見るようなまち、都市格の高い都市を目指して欲しい』


師曰く(8)

Wikipedia エドマンド・バーク肖像

Wikipedia エドマンド・バーク肖像

バーク先生( Wikipedia )曰く(引き続き、中島岳志さんの講演より)
「私の愛する自由、私が万人にそれを享受する資格があると考える自由は何でしょうか?それは、あたかもすべての者が自己の意志によってが自己の行為全体を統御できるような、孤立したばらばらの個人的な自由ではありません。私の言う自由は社会的な自由です。それは、自由が平等な抑制によって確保される状態のことです。…その種の自由は、実のところ賢明な法によって確定され、よく構成された制度によって確保される正義の別名に他なりません。」(「フランス革命についての省察」から)
あたかも「自己の意志によって自己の行為全体を統御できる」と思い込んでいる方は、そう、〇〇君ですよ。


師曰く(6)

柄谷行人先生曰く
「資本制経済は放置すれば、必ず経済的格差と対立に帰結する。だが、ネーションは共同性と平等性を志向するものであるから、…格差や諸矛盾を解決するように要求する。そして国家は、課税と再配分や諸規制によって、それを果たす。」『世界史の構造』


7月1日の診療

日本をふたたび「戦争をする国」にしようとする企ての重大決定の日に思う。
「憲法無く国会無きの国は真の国に非ざるなり尊厳鬼神の如き君主と鄙汚蛆虫の如き人民とを以て打成せる一団聚と称す可きなり」(中江兆民「憲法発布に就ての愚哀」)
写真は、帰路で見た水田の中の白鷺。


6月26日の診療

*M保育所のプール前の定期健診、昨日にひき続いての病児保育「まつぼっくり」の以前の写真より。


6月25日の診療

病児保育「まつぼっくり」の動かなくなった古いPC(といっても HD 300G、メモリー 2G、Windows7 インストール機だが)を何とか再生しようと、Xubuntu をインストールしたが、まあまあの出来。バックアップに少し前のまつぼっくりでのスナップ写真があったので、差し支えないものを順次アップする。


2011年7月のお楽しみ会の写真とある。


3月5日の診療

*待合室のテレビで、デイケアの紹介を観ていたTさん、「この人、元気やね、わて見習わな!」と…何言ってんの、Tさんも元気やないですか?

ともに元気です

ともに元気です

京都の診療所のてったい、今日はホンマに堪能しましたで、家についたのが、0時過ぎ、フウー。

*今日のメディア逍遥
〽春を呼ぶ優しい府政を取り戻せ生まれ育ったこの街が好き

*外つ国言の葉の庭

Don Quijote para niños(7)
LAS PRIMERAS AVENTURAS LA DE LOS MOLINOS

LAS PRIMERAS AVENTURAS LA DE LOS MOLINOS

(…)LAS PRIMERAS AVENTURAS
LA DE LOS MOLINOS
Y LA DE LAS OVEJAS(…)

Sancho Panza lo curó
untándole un buen ungüento
para evitarle el dolor
y un poco de sufrimiento.

サンチョ・パンサは、効き目のある膏薬を塗りたくり、痛みと若干の苦しみを和らげるために治療した。

curó:curar「治療する」の三単線過去、untándole:untar「塗る」の現在分詞+le、

Pero aquellas heridas curadas
le duraron poco tiempo
porque de nuevo confundió
ovejas con un ejército.

しかし、前者の怪我はすこしの時間で治ったが、すぐに、また羊の群れを軍隊と見違えた。

duraron:durar「持続する」の三複点過去、confundió:confundir「混同する」の三単点過去


3月3日の診療

*前回、小声で「変わりありません」と告げられたAさん、今日は少し大きな声で「変わりありません」と…(笑)

飾り付けされた、雛人形、第6弾!


*今日のメディア逍遥
〽頬になお冷たい外気が過ぎる朝バッハカンタータ一番を聴く

*外つ国言の葉の庭

ちょっと妖艶なドゥルシネア

ちょっと妖艶なドゥルシネア

Don Quijote para niños(5)(…)

EL PRINCIPIO DE LA HISTORIAEl

hidalgo iba montado
a lomos de Rocinante
el escudero llevaba a Rucio,
un borrico sin mucho plante.

郷士は、ロシナンテの馬の背に乗って、従者は、駄馬で貧相なルシオに連れてゆかれた。

iba:ir「行く」の三単線過去、llevaba:llevar a …「…に連れてゆかれる」の三単線過去

Y a Dulcinea del Toboso
la eligió como su dama
para ofrecerle su amor
y sus valientes andanzas.

そして、彼の愛と数々の素晴らしい冒険を捧げるために、トバソのドゥルシネアは、貴婦人として選ばれた。

eligió:elegir「選ぶ」の三単線過去、ofrecer(le):ofrecerse「提供する」の不定詞