カテゴリー別アーカイブ: 全国の仲間たち

9月13日の診療など

*9月16日から、全日本民医連小児科研究集会。そこで、エントリーしていた「病児保育まつぼっくりの経験」のリハーサルの写真。病児保育が全国的にもっと広がれば良いとの思いが伝わるかどうか?私事で言えば、我が家の老犬の調子がイマイチなので、群馬県水上温泉まで行けるかどうか?

「病児保育まつぼっくりの経験」のリハーサルの写真

「病児保育まつぼっくりの経験」のリハーサルの写真


*今日のLong Tube Media
NHK【ETV特集】吉田隆子を知っていますか ~戦争・音楽・女性~
「戦前、芸術家の多くが戦争協力した中で、特高警察に勾留されながらも、音楽への情熱を失わず主張を貫き通した吉田隆子。彼女はどのようにして特高と闘い、音楽活動を戦後再開させたのだろうか?」今、私たちが、きちんと引き継いでいないものがここにもある。


ふるさと、京都…

私の母子手帳

京都の下町の小さな長屋で生まれ、少年時代を過ごした。人間、この年になると、幼少の頃をしきりに思い出す。それも本当にささいな事ばかりである。また、今ほど暖をとるすべもなかった時代に、底冷えのする中、火鉢にまたがり、ズボンのお尻を焦がしてしまって祖母に怒られたこと、一緒に住んでいた叔母に、「またあったあぼぼな!」と寝る前になんども頼み込んでいたと、亡き母が語ってもくれた。先日、その母が遺してくれた私の母子手帳が見つかった(写真)。現在とは大きく異なり、米の「配給帳」交付や、バターを配給したなどの記載がほとんどである。大人はたいへんだったろうが、物のない貧しい時代でも、毎日充実し、下町の狭い路地を遊びまわっていた事だけは覚えている。
街の様相も、あれからすっかり変わってしまった。特に、「バブル期」には、五条通り沿いの小さな民家が根こそぎビルになっているのには愕然とした。子どもが集う広場だった、神社も跡形もなくなっていた。何度かその付近を訪れる機会もあったが、ふるさとに心を寄せる事がだんだん少なくなって来たのもこうした事が重なって以来である。
この2月1日には、民医連の仲間から誘われて、京都市長選挙の応援に出かけた。また、ネットで「投票に行こう」(京建労左京支部のイッたったらエエねんなどのポスター群を見て、大変驚き、心が熱くくなった。京都を愛する若い人達が、すごく清々しい感性で訴えていることに。いや、京都だけではない、日本全体が、特に、3.11以降、生活や文化や健康など、人の生きる基盤を壊されかけて、もう黙ってはいられないと、声を上げ始めていることに。
京都、ひいては日本の未来もこの若者たちがいる限り、まんざらでもないとも思った。私たちの推す候補者の人柄や主張は、ここで触れたところ以外にも、Facebook、Twitter、ブログなどで、発信されているし、私もその一部だが読み、大いに共感した。したがって、それ以上には、繰り返すこともなかろう。
明日の投票日、どうか、過去の「しがらみ」や「既成概念」を離れ、京都人らしい誇りある選択をお願いしたい。そのことを心から望んでいる。曲は、ナターシャセブン「この街が好き」。

地元共産党市議事務所開きでの挨拶

4月に予定されている市議会議員選挙に八期目をめざして奮闘されている K 市議の事務所開きに挨拶をしました。依頼があったのが、二日前、あまり準備もできなかったので、現在、東日本大震災被災地に医療支援にでかけている、民医連の仲間たちの現地報告の一部を紹介し、それを中心に話しました。

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三十数年かかって実現できること

 数ヶ月前に、自らの受診と検査のために、M総合病院を訪れた。予約時間まで、間があったので、新築なった小児科病棟を案内してもらった。明るく広いプレイルーム、ゆとりのある病室など印象に残った。三十数年前、M総合病院在任中には夢であり、昨今の病院小児科の閉鎖など暗い話題の多い中での小児科独立病棟の嬉しい誕生である。
 また、この十月から、勤務先で、市の公的な補助を受け、病児保育を開始することになった。区内ではじめて「病中児」の保育であり、医療機関併設型の病児保育なので、各方面からの期待も高いと聞いている。今はその準備のため、スタッフ会議など忙しい日々を過ごしている。先日も、KクリニックやJ病院の病児保育室に見学の件でお世話になった。三十数年まえに、全国保育合研で、経験もないのに生意気にも、病児保育分科会の世話人を引き受けたことがあったが、それ以来の責任をやっと果たし、「老後」の楽しみが一つ増えた気がしている。
 この間、その目的のために自らが努力を重ねてきたとは言い難いが、独立病棟といい、病児保育といい、決して短くはない三十数年の歳月は、先輩、同輩、後輩諸兄の熱意と努力の実現に十分な時間であったのだろう。
 病児保育室「まつぼっくり」のブログを作ったので、ご利用いたきたい。


民医連ブログリンクを作りました

西成医療生協のサイトを作った当初から「民医連・医療生協のリンク集」を開設した。こうした種類のサイトがなかった時代で、いくぶんかは重宝され、サイトの「売り」になっていたようだ。でも更新するのが面倒で、今では最新の情報とはいかない。別に「みうち」をけなすわけではないが、院所のホームページが、きれいな画像や動画を多用し「見栄え」はよいが、何となく「紋切型」なのは、当方だけの思い込みでなければよいが、とずっと考えていた。リンク集の製作者は、必ずしもその熱心な利用者とは限らない。最近、リンクをこのまちサイトに移行充実するべく、たまたまの作業中に、民医連・医療生協の院所や個人でのブログも、うれしいことに増えていることが分った。このブログを始めた一年半前にはごく少なかったように思う。学生時代に世話になり、先日はすれ違いで再会が果たせなかった医師のブログも見つけることができた。(あいさつかたがたトラックバックしておいた)そこで、最近の記事のあるブログで右メニューに簡単なリンクを作ってみた。他にこれぞと思うブログがあれば、コメントしていただければありがたい。

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