カテゴリー別アーカイブ: 今週の赤旗

なぜ書き続けたか、なぜ沈黙してきたか、「4.3事件を問い続ける」

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5月31日づけ、赤旗読書欄「背表紙」より

先日、「上方芸能・文化を愛する会」というFBグループに以下の投稿をした。
もうすぐ、済州島4.3事件の日がやってくる。以前、紹介した、在日の詩人・金自鐘(キムシジョン)さんの自伝「朝鮮と日本に生きるー済州島から猪飼野 へ」の書評が、赤旗2015年3月29日に載っていたので紹介。その前の3月23日づけの文化欄には、金時鐘さんのインタビュー記事が載っていたので合わ せて…前述もしたが「在日」の意味を繰り返して問いかけることにより、「上方文化」はその陰影を深めながら豊かになってゆく。また今も済州島では、海軍基地建設の問題で、住民の思いは複雑なようだ。


簡単解説・済州島の海軍基地建設問題
紹介の本のなかでは、金石範氏は金時鐘氏への評価として「抒情を超えた、肉体としての言語の力…感傷を排除しても、抒情はいくらでもできる」と述べている。また金時鐘氏は、「事実というのは個人にとって圧倒するものであっても、それは球面体の一点のシミみたいなものだと思う。真上からはそのシミが大写しになってすべてのようであるけど、角度がずれると見えないものである。だから事実が真実として存在するためには、その事実が想像力のなかで再生産されなくてはならない。それが客体化された事実、つまり文学なんだ。」と説く。詩的な感受性の全くない私でも何となく分かる気がする。
日本帝国主義の負の遺産をまるごとひきづりながら、戦後直後米ソのはざまでその取引材料にされた朝鮮半島、こうした大状況ー客体化された事実ーを考えなおすのはまた別の課題である。

 


政治は市民が変える

2015年6月2日付の赤旗「若者欄」の¡ Vive el mundo ! (世界に生きる)は、スペインの若者がはじめたSNS(ソーシャルネットワークサービス)が政党結成から議席獲得まで至ったとの話。SNSだけで、世の中変わるとは到底思えないが、若者たちが変革のための強力な「武器」になっていることは確かなようだ。既存の組織も従来の考えだけではやってゆけないことはそれ以上確実である。「民主集中制」がすべて悪いわけではないが、こうした自由な発想を取り入れない限り、硬直さを免れない。それにしても、スペイン共産党はどこに行ってしまったのだろう?
「ポデモス」とは、スペイン語で、助動詞 poder(できる)の一人称複数が主語の場合の変化形、Yes,We Can !という意味である。
日本でも、「安保論戦再現 いいね! フェイスブック 金沢の主婦反響」という動きもある。
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ネパール震災1ヶ月

ネパール震災1ヶ月

偏る援助にいら立ちー「格差さらに拡大」警告も

震災から1ヶ月経過したネパール、旅行会社などのエージェンシーによると、カトマンズの町の復興は手につき始めたとの報告もある(Facebook)が、内実は、今日の赤旗の記事によると、カースト制も阻害要因となり、なかなか一筋縄ではいかないようだ。3年前にネパール滞在時には、マオイストのポスターが掲示されていたが、内戦時の政治的混乱がいまだに傷跡として残っているのだろうか?その時、出会ったストリートチルドレンはどうしているのだろうか?


「六甲颪(おろし)」の作詞者の苦悩

out153 先日、難波で「大阪都構想」反対の集会で、笑福亭竹林師匠の演説を聞いた。
「都構想がでけたら、阪神優勝するとでも言うんかい!」との一節に、隣りのおばちゃんがすかさず「無理やな!」とアイの手を打った。おばちゃんに「どっちが無理なんや」と尋ねたら、「都構想も阪神優勝も両方ともや!」との返事、大阪のおばちゃん、ここに健在なり 笑。阪神は、開幕直後は順調だったが、その後は徐々に調子悪くなっている由。
今日の赤旗の「朝の風」は。「六甲颪(おろし)」の作詞家・佐藤惣之助(Wikipedia)の話題。神奈川県川崎市出身なので、この程、市民劇として「華やかな散歩」(チラシなど)として上演されたそうだ。その芝居の中で、「六甲颪」を出征兵士と歌う場面は、今のご時勢だからなおさら心に残るだろう。観たかったなあ!画像は。2015年5月26日づけ、赤旗文化欄。


読んだ本ーサマセット・モーム「夫が多すぎて」

(「赤旗」文化欄・2014年10月31日付より)10686899_821032024615058_6670386448804735531_n

「そうなのよ、先の大戦で戦死した夫が生きてるなんで…私、情に深い性質(たち)なもので、夫の親友と結婚したばかりなのに…あした、ロンドンに帰ってくるわ、心配はしてないけども、なにしろ二人は大の親友だもんで、きっとうまくやってゆくわよ、でもね、やっぱり…お互い傷つかない方法ってないかしら…

私の悩みをハムレットの『生きるか死ぬか』になぞらえるのはちょっとおおげさかしら。せめて、『ベニスの商人』のポーシャみたいな智慧があったらな…『日本においては喜劇は悲劇であり、悲劇は喜劇である』だって、また、何か知ったかぶりのウンチクじゃない、それは!そんなことより、お芝居、楽しんでちょうだいね!」


5月12日の診療

*デイサービスでは、恒例の塗り絵、描かれた鳥はカワセミかな?
〽緑陰に笑わずカワセミ憂い顔

カワセミだろうと思うが…

カワセミだろうと思うが…


*最近のFB投稿、コメントより
2014年5月12日
【今日の赤旗より】
・鹿児島県「RUNNERS9の会」呼び掛けの「憲法9条ラン」が紙面に載っていました。M先生、お元気ですね。 — 場所: 垂水市
鹿児島県「RUNNERS9の会」呼び掛けの「憲法9条ラン」

鹿児島県「RUNNERS9の会」呼び掛けの「憲法9条ラン」


・私は何と言っても福田善之の「真田風雲録」のイメージが強くて…「やりてえことをやりてえな、てんで粋がって生きてえな」日本の反体制運動の原点があるように思います。
・映画は、渡辺美佐子が良かった他は印象に残っていません。同じ福田善之の脚色でしたがね、芝居は范文雀が、猿飛をしていてなんとも言えない色気でした。また、「狙うは家康の首一つ」良いも悪いも大阪人の根底に流れている心情なのでしょう。
(2016年のNHK大河ドラマが三谷幸喜脚本の『真田丸』決定を受けて)


4月7日の診療

*今日の、赤旗の記事に、福島・W病院での研修医、国井先生のインタビューが載っていた。残念ながら、昨年はお会いする機会はなかったが、男前だなあ、いっぺん見たかった(笑)聞けば、福島県いわき市のご出身で将来は、「小児科志望」だとか。なんだかへこんだ気分が吹っ飛び、とても嬉しく思った。心から研修のご成功を応援し、ご健勝を祈念する。

国井先生のインタビュー

国井先生のインタビュー


*今日のメディア逍遥
〽草も木も花も移ろいオーボエは見送る優しさ朝の野の路


2月24日の診療

*最近、どうも調子がでないのが今日も続く…
*今日のメディア逍遥

先日(2月19日)赤旗・文化欄に、ピート・シガーの追悼記事が載っていた。(写真)

ピート・シガー追悼!

ピート・シガー追悼!

そのなかで、ピートが茨木のり子さんの詩に曲をつけたとある。以前、聴いたことがあるので、なんだか懐かしく…懐かしさのついでに、ふと母のことを思い出した。以前、母が書いた文章がある。茨木のり子さんと亡母は一つ違いで詩の形にすれば同じような思いだったんだろう。
〽母親がいちばんきれいだった時多くの悲惨と少しの希望

英語訳は以下のとおりだ。

“WHEN I WAS MOST BEAUTIFUL”

When I was most beautiful,
Cities were falling
And from unexpected places
Blue sky was seen.
When I was most beautiful,
People around me were killed.
And for paint and powder
I lost the chance.

When I was most beautiful,
Nobody gave me kind gifts,
Men knew only how to salute
And went away.
When I was most beautiful,
My country lost the war.
I paraded the main street
With my blouse sleeves rolled high!

When I was most beautiful,
Jazz overflowed the radio,
I broke the prohibition against smoking
Sweet music of another land!
When I was most beautiful,
I was most unhappy,
I was quite absurd,
I was quite lonely.

私の青空より

FB友の中川五郎さんも、次のような言葉で、ピートを紹介する。

1950年代にピート・シーガーが下院の非米活動委員会に呼び出されたり、法定侮辱罪で懲役刑の判決を受けて控訴していた頃のとても貴重な映像です。バンジョーを背負って法廷に入り、「ワズント・ザット・ア・タイム」という歌を歌おうとしていたんですね。ビーコンの自宅の映像や、若きトシさん(奥さん)の姿も登場します。

Vimeo 映像

*外つ国言の葉の庭

今日も、FBコメントそのまま…だが、一旦これで終了
[Esto y aquello de verbo español(スペイン語動詞あれこれ)50]
¡Buenos días!
今シリーズの最後です。Don Quijote のオリジナルは無理としても、何かリトールド版はないか、できれば子供向けがいいなあとWeb を探してみましたが、これがあまりないのですね。NHK出版の「ドン・キホーテ」ダイジェスト版も候補に挙げましたが、これも結構難しい。たとえば、冒頭はこうです。 En un lugar de La Mancha vivía un viejo hidalgo de costumbres muy peculiares. Había ido abandonado todas sus senas aficiones, el ejercicio de la caza y hasta el cuidado de su hacienda. En cambio, dedicaba la mayor parte del día y largas horas de la noche a leer libros de caballerías.(ごっつう昔、ラ・マンチャのど田舎の村に、なんやけったいな暮らししたはる年寄りのおサムライはんが住んだはったんや。まえはけっこうええ趣味持ったはったんやが、いまはもうそんなん忘却の彼方や。狩りは、ごぶたさしはったおまけに、デンバタなんどほったらかしや。そんで、何したはるかというと、おてんとはんがある時はそやけど、暗うなっても、浪花節ばっかり読んだはったんや。 これまた、なんで大阪弁になるんや 笑)こんな調子です。でも、やはり中級以上で、またずっと引用を続けると、著作権に引っかかりそうなので、これもダメ。結局、子供むきのドン・キホーテの詩(ちゃんと韻も踏んでいるので大したものです。)にしました。URLは、http://www.slideshare.net/dana75pr/don-quijote-para-nios です。まあ、毎日一連か二連くらいのペースでしょうか。有名な風車の場面などは、NHKダイジェスト版で紹介します。また、ホセ・ムヒカ大統領の演説もね。それとあまりコメントが長くなると迷惑なので、今後は、「スペイン語広場」( https://www.facebook.com/espanyol.plaza )に掲載し、ここへはそのリンクだけ紹介します。長い間、読んでいただいてありがとうございます。¡Adios.Hasta la vista!(さようなら、また会う日まで!)

2月23日のオフ

*なんだか、無性に「長編小説」が読みたくなったので、ゲットした本と、ひっぱり出した本二種類。ケン・フォレット「凍てつく世界」と杉浦明平「小説渡辺崋山」。

前者は、二月十九日付の赤旗文化欄・「朝の風」欄に紹介があった大河小説だ。ファシスト勃興期のドイツ、ナチのフレームアップとされる国会議事堂放火事件を目の前にした社会民主党国会議員は、こう叫んだ。「建物の問題じゃない、燃えているのはわれわれの民主主義だ!」残念ながら、ドイツはその後ファシズム一色に染まってゆく。ひょっとしたら、今のわれわれだって、同じ運命になりかねないことを強く感じながら、読み進めてゆくことにする。
一方、後者は、江戸時代も幕末に近い時代、渡辺崋山を中心とする儒学者・蘭学者を扱った大部な小説、歴史の激動を前にして、その学者たちの日常茶飯事から描写が始まる。
今日は、先日百才で亡くなった伯母の忌明け法要。久しぶりに従兄弟たちと近況を語った。

*外つ国言の葉の庭

今日も、FBコメントそのまま…
[Esto y aquello de verbo español(スペイン語動詞あれこれ)49]
¡Buenos días!
En un lugar de la Mancha, de cuyo nombre no quiero acordarme, no ha mucho tiempo que vivía un hidalgo de los de lanza en astillero, adarga antigua, rocín flaco y galgo corredor.
このスペイン語は何だと思いますか?ご存知「Don Quijote」の冒頭です。これから、「ドン・キホーテ」を少しづつ読んでゆきます、というのは嘘、ここ位ならなんとかですが、「文語」やややこしい構文が多いなど、とても手に追えるものではありません。Gutenberg にあるので、興味あればご参照ください。その冒頭を、大阪弁で訳すと「ラ・マンチャのど田舎に、みょおじは忘れてしもたけど、ごっつうゼニはあれへんけど、槍やしょうもない馬などもったたるおっさんのおさむらいはんが住んだはった(ちょっと略しています)」でしょうか?vivía は、vivir の三人称単数形線過去というのは、見当つきましたか?江戸時代の文章が私たちにスラスラ読めないことに比べれば、約400年前のスペイン語が現代とそんなに変わらないことにまず驚きです。スペイン語の不変さは英語以上でしょう。ちなみに、英文訳を同じく Gurenberg から。 In a village of La Mancha, the name of which I have no desire to call to mind, there lived not long since one of those gentlemen that keep a lance in the lance-rack, an old buckler, a lean hack, and a greyhound for coursing.  ウルグアイの大統領・ホセ・ムヒカ氏も愛読者である「ドン・キホーテ」の紹介はこれくらいにして、まだ企画を思案中ですので(笑)¡Adios!

*今日のメディア逍遥
〽ヂュエットは老いた夫婦の語らいか互いに過去のあらまほしき事