カテゴリー別アーカイブ: 勉強、勉強…

ヘーゲル「法の哲学」とマルクス(1)

2014年10月6日〜2015年6月15日
関西勤労者教育協会主催
牧野広義氏(阪南大学教授・勤労協副会長)

第1回、10月6日 「法の哲学」序文

1) ヘーゲル「法の哲学」とマルクス
『ライン新聞』退職後、「私を悩ませた疑問[経済問題と社会主義・共産主義思想]の解決のために最初にとりかかった仕事は、ヘーゲルの法哲学の批判的検討であった」(マルクス『経済学批判』「助言」)

2)その前後の出来事
「法の哲学」執筆は、1820年6月25日の日付、出版は、1821年。ガンス(マルクスの師、進歩的な立場)が講義録をまとめた。

1789年7月 フランス革命
ヘーゲルは、友人と一緒に歓喜の声をあげた。
その後のテロリズムとナポレオンの出現
1815年9月 ワーテルローの戦い
1815年 神聖同盟
1819年3月
ドイツ学生同盟員だったブルシェンシャフトがロシア公使館顧問を殺害
この後、ヘーゲルの友人・弟子への弾圧、ベルリン大学教授追放など弾圧が強化
1830年革命
1848年革命

3)序文の趣旨
「法の哲学は自由という鋼鉄でできている」
「法」=Recht(独)=right(英)、欧米では「法」も「権利」も一体のもの
「法」の「成り立ち」(Gesetz)=自然の「法則」という時のそれと同じ
1.ヘーゲルのベルリン大学教授前任者フリースへの批判
フリースの言「生きたもろもろの結社が友愛の鎖によって固く結ばれて、身を捧げることであろう」
ヘーゲルの言「浅薄さというやつのおもな了見は、学を思想と概念の展開のうえに立てるかわりに、むしろ直接的な覚知と偶然的な思いつきのうえに立てようとすることである。」(ポピュリズムの発生はいつの時代も変わらない)

2.哲学の任務
「哲学は、理性的なものの根本を究めることであり、それだからこそ、現在的かつ現実的なものを把握することであって、彼岸的なものをうち立てることではない」

3.理性的なものと現実的なもの
「理性的であるものこそ現実的であり、現実的であるものこそ理性的である」
「理念と同意義である理性的なものは、おのれの現実性のうちにありながら同時に外的な現存在のなかへ踏み入れることによって、無限に豊富なもろもろの形式、現象、形態化されたあり方において出現し、多彩な外皮でおのれの核心をつつむ」
「本稿は、国家をふくむかぎり、国家を一つのそれ自身のうちで理性的なものとして概念において把握し、かつあらわそうとするこころみにほかならない。」

4.時代を思想においてとらえる(逆にならないところがいかにもヘーゲルらしい)
「ここがロドスだ、ここで跳べ。(Hic Rhodus,hic saltus!)
存在するところのものを概念で把握するのが、哲学の課題である。というのは、存在するところのものは理性だからである。個人に関していえば、だれでももともとその時代の息子であるが、哲学もまた、その時代を思想のうちにとらえたものである。」

5.哲学と現実の和解
「ここにローズがある、ここで踊れ。(Hic rhodon,hic salta!
自覚した精神としての理性と、現に存在している現実としての理性」との和解
「理性を現在の十字架におけるローズとして認識に、それによって現在を喜ぶこと。この理性的な洞察こそ、哲学が人々に(納)得させる現実との和解である。」

6.ミネルヴァのフクロウ
「哲学は世界の思想である以上、現実がその形成過程を完了しておのれを仕上げたあとではじめて、哲学は時間のなかに現れる」
「ミネルヴァのフクロウは、たそがれがやってくるとはじめて飛び始める。」

4)マルクスのヘーゲル批判
1.『ヘーゲル法哲学批判序説』(1844年)より
「哲学がプロレタリアートのうちにその物質的な武器を見出すように、プロレタリアートは哲学のうちにその精神的武器を見出すのであって。思想の稲妻が底深くこの素朴な人民的基盤のなかに落ちるやいなや、ドイツ人たちの人間への開放は成就される。」

2.『資本論』第一部「第二版へのあとがき(1873年)より
(略)

参考:

http://www.ronsyu.hannan-u.ac.jp/open/n001936.pdf

見田石介「ヘーゲル論理学入門」

あるFBコメントから

勤労協で半年かけて、ヘーゲル「法の哲学」を学んでいます。弁証法って、通俗的な解釈とは別に奥深いものですね。「若きヘーゲル」(ルカーチ)以来、培ってきた方法論なんですね。
「よー、あんなむずかしいこと考えるわ!」といった感じです。(笑)年とってからの脳の活性化に少しでも役立てればと思っています。それと、わが青春時代に「指定文献」とやらばかり読まされて(笑)、ここにきて通り過ごしたものの何と偉大なことか!


4月26日の診療

*今日は、外来終了後に久しぶりにセミナー受講(写真)、講演Ⅰは、「新規ワクチンの導入にどう対応するか―子どもと家族に寄り添う接種医の立場で―」、講演Ⅱは「ロタウィルス感染症:予防の重要性とワクチンのインパクト」、二つとも実際的で有益な講演であった。前者では、診療所でのワクチン接種の開始や間隔など細かいことを手直しする必要がありそうだ。後者は、ウィルス学からのロタウィルスの特性や脳炎・脳症などの看過できない合併症の話が聞けた。また、講演後質問したが、ロタウィルスによる無熱性けいれんは、どうやら日本特有のものではなく、脳炎・脳症との関連は薄そうだ。

大阪小児科医会予防接種セミナー

大阪小児科医会予防接種セミナー


*今日のメディア逍遥
〽シングルのたつきの路はなお険し子どもの貧困連鎖を断ち切れ
ひとり親家庭

ひとり親家庭

FB投稿より:私たちが考えている以上に、なかなか現状は深刻です。以前、私たちの病児保育で「ひとり親」の割合を調べたところ、約3割にものぼりました。このように、病児保育は、親の就労支援の大きな柱として位置づけられるべきです。ただ、本書では、病児保育は「派遣型」の民間企業の活動として評価されているのは残念なことです。公的な支援策として、まず「拠点型」のハード・ソフト両方の拡張を図る必要があると思います。阿部彩さんの同岩波新書「子どもの貧困 Ⅰ、Ⅱ」の提起するのとあわせて、子どもの貧困の連鎖を断ち切るためにも、向き合わなければならない課題でしょう。

4月19日の診療

*以前、私の「母子手帳」を紹介することがあった。それは、初代の「母子手帳」らしい。そこで、少しその淵源を探ってみたくなった。「母子健康手帳の評価とさらなる活用に関する研究」 によると、戦時中ドイツに留学していた産婦人科医瀬木三雄先生が、そのドイツのある地域の Mutterpassを導入し、「妊産婦手帳」としたものを、戦後すぐに「母子手帳」に発展させたらしい。「妊産婦手帳」には、妊婦の心得として、第一条に「丈夫ナ子ハ丈夫ナ母カラ生マレマス。妊娠中ノ養生ニ心ガケテ立派ナ子ヲ生ミオ國ニツクシマセウ」とあるから、瀬木三雄先生は、そんな意図はなかったと否定されているらしいが、「産めよ増やせよ」の国策に沿ったものが、「母子手帳」のルーツである。写真は、1947年現役の「妊産婦手帳」、まだ国粋的な「心得」は削除されていないところが興味深い。ドイツの Mutterpass は、ナチスの「優生思想」があったと推測されるが、Wikipedia では、そこは触れられていない。うまく纏まったら、どっかで発表しようかな?


*今日のメディア逍遥
〽いろんな事おましたなあ名号に南無阿弥陀仏悲哀を超えて

FBへの投稿から:橋下市長の文楽助成金削減に端を発した騒動の中、人間国宝・竹本住大夫さんは脳梗塞に倒れました。懸命のリハビリの中、見事に舞台復帰(それが引退公演でもあったわけですが…)を遂げられました。公演当日は、舞台上手、太夫の語りの真下で聴いていました。人情味あふれる節回しにうっとりしました。桜丸切腹の段、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」の名号が、わかったような顔をして、とかく文楽にチャチャを入れる輩どもをも包み込むような実に慈愛に満ちたものに感じたのは私だけでしょうか?また、リハビリとは、これまた実に人間的な営みであると改めて思いました。

3月27日の診察室

*先週にひき続いて、明日の医局会にむけて、今シーズンのインフルエンザ流行状況の調査。予防接種をしたのにかかわらず、インフルエンザに罹患した例が目立つのと、抗インフルエンザ剤は、たかが1日弱くらいしか有熱期間を短縮しないことが目に付く。製薬会社発行の抗インフルエンザ剤のDI(Drug information)は、やたらに綺麗なパンフ。しかも内容は、薬剤AとBとの比較はあるが、抗インフルエンザ剤を使用しなかった例との比較対照の結果については、ほとんど触れられていない。原発「啓蒙」の口当たりの良い印刷物とどこか似ている。
*今日のメディア逍遥

十二人の怒れる男

十二人の怒れる男


NHK-BS 映画「十二人の怒れる男」

社会派の巨匠シドニー・ルメットの、映画史上に残る裁判劇の名作。殺人容疑の17歳の少年を裁くために集まった12人の陪審員たち。完全に有罪と思われた評決が、無罪を主張するひとりの男によって大論議に発展。彼らが評決を下すまでの陪審室の模様をスリリングに描く。ルメット監督の映画デビュー作ながら、いきなりアカデミー監督賞にノミネートされ、ベルリン映画祭では金熊賞(グランプリ)を受賞した。

見事なまでに「三一致の法則」(「時の単一」「場の単一」「筋の単一」)を守った芝居。ヘンリー・フォンダ扮する一陪審員が呈する”Reasonable doubt”(合理的な疑い)は、法律用語らしいが、良い言葉だ。「インフルエンザに抗インフルエンザ剤を投与するのは常識だ。とか、原発事故後と子どもの甲状腺癌とは関係ない。などの事象には”Reasonable doubt”がある。」との言い回しができる。

3月7日の診察室

*昨日に続いて、病児保育「まつぼっくり」は、ほぼ満員だが、インフルエンザの発生はない状態が続いている。午後からは電子カルテとにらめっこ、以下を、Facebookのグループに投稿。

この冬の診療所のインフルエンザ発生状況を調べています。病児保育と介護施設を持つ施設の特性から、小児期と高齢者(例数はすくないですが)の発生が目立ちます。抗インフル剤投与と非投与群の有熱期間も調べてみました。イナビル・タミフルなど投与群で、平均:3.09±1.09日(n=45)、非投与群で、平均:3.98±1.45日(n=40)です。ざっとの検定では、危険率5%で有意差があります。ただ、1日弱の有熱期間短縮で、抗インフル剤を投与するかどうかは疑問のあるところです。もうすこし、詳細に分析してみますので、できましたらパワーポイントでもして、またお知らせします。

年齢別インフルエンザ発生状況

年齢別インフルエンザ発生状況


*今日のメディア逍遥

ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番、以前何かのテレビドラマで流れていた。久しぶりに、大曲に堪能した。それにしても女性ピアニスト(Olga Kern en.wikipedia)の身振り・表情がすごい。


2月14日の診察室

*午前中は、M保育所の園児健診、年長組さんは、最後の機会となる。幼児の時は、よく病気をして、診療所に駆け込み、べそをかいていた子どもも、「オレなあ」など、今ではいっぱしの口を利くようになっている。写真は、隣接する公園での外遊び風景。午後からは、糖尿病新薬の勉強会(はめ込み写真)。同じ時間に保険医協会理事会があったので、「廃止条例」議会提出の動きで「住吉市民病院存続」運動が重大なヤマ場を迎えていることを訴えた。(インフルエンザ検査前のパーフォーマンスは、また改めて(笑))

公園での園児と糖尿病新薬の講習会

公園での園児と糖尿病新薬の講習会


*今日のメディア逍遥

Dittersdorf(Wikipedia)のコントラバス協奏曲。重低音の音色ながら、意外と流れるような運びで、心地よい。


2月11日のイベント

*昨日の二日酔いから完全に醒めぬまま、会場へ!その場で「発表原稿」を書き上げたので、当初予定していたサプライズは結局できず、「おっちゃんギャグ」(家人から言わせると「おじんギャグ」と酷評(笑))にとどめた。それよりも嬉しかったのは、FB友、Yさん(もちろん、妙齢の女性)からステキなプレゼント(写真)、「Chocolate for Tomorrow」って、彼女の感性の豊かさ・センスの良さを感じた。

学術運動交流集会会場でのステキなプレゼント

学術運動交流集会会場でのステキなプレゼント


*今日のメディア逍遥

午前中は、三上満さんの講演「「いまに生きる宮沢賢治の思想と文学」、録音していたが、かなり音飛びがあるので、後日紹介しような?Youtube に、昨年9月2日に共同組織交流会での講演 「震災に生きる宮澤賢治の世界観」があったので…
その中から三上さんが「世界最高の詩のひとつ」と絶賛する詩を…
続きを読む


10月19日の診療など

*下痢と嘔吐があるものの、比較的元気なAちゃん、便の検査では、アデノウイルスとノロウィルスが陽性(写真)。経過から考えてノロウィルスが原因と判断する。迅速検査では、こんな「混合感染」になることもあるんだ。

アデノウイルスとノロウイルスの混合感染

アデノウイルスとノロウイルスの混合感染


*少し古い雑誌を見ていると、小児科診療、2009年10月号「医療事故とリスクマネジメント」特集の一論に、岡空輝夫先生の「インフォームド・コンセント1」があり、同感を持って読んだ。その中では、「診療の始まりは挨拶と笑顔から、そして出来れば笑い(笑み)をとる」などの項目もあり、「軽薄な頭脳によって検査の洪水がおこる」では、症状にかかわらず、迅速検査を何種類も多用することが批判されていた。当方は、病児保育ならではとの特徴はあるが、改めて自戒する次第。そして、結びの言葉が胸に響く。”In Pediatrics, less is often better.”(小児科医療においては、何もしないことの方がしばしば良い結果をもたらす。)また、この「格言」を敷衍して、James A.Tayor 博士は、”We need to work to change the perception of parents about limitation of modern medicine, so that they realize that ‘doing nothing’ is often better than ‘doing something’ for their children.”(われわれ(小児科医)は、近代医学の限界に関して両親の認識を変えるために努力する必要がある。すなわち、患者である子どもたちてって「(親のために)何かをする」よりも「(子どものために、あえて)何もしない」ほうが、しばしばよい結果をもたらす、ということを。)
*今日のLong Tube Media

19世紀初頭のドイツの作曲家によるフルート協奏曲集。Bruno Meier 弾くフルートは、バロック時代とは違う響き。


9月13日の診療など

*9月16日から、全日本民医連小児科研究集会。そこで、エントリーしていた「病児保育まつぼっくりの経験」のリハーサルの写真。病児保育が全国的にもっと広がれば良いとの思いが伝わるかどうか?私事で言えば、我が家の老犬の調子がイマイチなので、群馬県水上温泉まで行けるかどうか?

「病児保育まつぼっくりの経験」のリハーサルの写真

「病児保育まつぼっくりの経験」のリハーサルの写真


*今日のLong Tube Media
NHK【ETV特集】吉田隆子を知っていますか ~戦争・音楽・女性~
「戦前、芸術家の多くが戦争協力した中で、特高警察に勾留されながらも、音楽への情熱を失わず主張を貫き通した吉田隆子。彼女はどのようにして特高と闘い、音楽活動を戦後再開させたのだろうか?」今、私たちが、きちんと引き継いでいないものがここにもある。