カテゴリー別アーカイブ: こんな本読みました

夜明けの雷鳴

幕末と明治の二世を生きた医師・高松凌雲の原点は、パリでの万国博覧会に随行したおり、学んだフランス医学だったんだ。きっと「自由、平等、博愛」のフランス革命の精神が息づいているのだろう。それが、函館五稜郭戦争の時、敵味方なく医療を施した経歴や後の社会的弱者のための無料医療の取り組みにもつながっているんだ。それは、遠く現代の民医連の院所などで実施されている「無料低額診療」へと生かされてゆく。

日本において、フランス医学ないしそのバックボーンとしてのフランス思想の系譜は決して太いものではない。高松凌雲を魁として、中江兆民をその偉大な例外としつつ、遠く時代隔てて、加藤周一、加賀乙彦あたりに注いでいる。

吉村昭の歴史小説は、森鷗外の伝統を受け継いだとでもいようか、素っ気ないほど余計な筋立てや仕掛けがないのが好感が持てる

吉村昭「夜明けの雷鳴」

吉村昭「夜明けの雷鳴」

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遠い旋律、草原の光

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遠い旋律、草原の光は、ロシアの作曲家、カリンニコフの交響曲第1番をモチーフにした、ミステリないし恋愛小説。そのシンフォニーは、第四楽章の冒頭では、メイン(第一楽章)の主題が反復されるところを例えば作中では、このように表現、それは「風ノ色、水ノ音」だと言う。

第一楽章で流れたあの懐かしいメロディが、逝《い》ってしまった人の面影のように束の間現れるのだ。…
交響曲は終結部《コーダ》に入った。
行きつ戻りつしながらロシアの平原を疾走していた馬車は、ひときわ鮮やかな緑の叢《くさむら》をかき分けながら進む。草はしだいに深くなり、馬の四肢《しし》と車輪に絡みつく。…
一つの円。
ささやかな白いものに包まれ、音楽は静止した。

ある曲を表現する文としては、上質なものと感じはしたが、はたしてその本歌取りを除けば、ちょっと「感動」的なロマンスとポーの「黄金虫」を模した暗号解読というミステリしか残らない。その暗号(とまでは言えないが)の中から、主人公の持つペンダント内のキリル文字から

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これは解読は容易だろう。〇〇字ごとに文字を抜き出せば、誰でもはじめに習うロシア語文になる。答えは?
Youtubeで、交響曲第一番を含むカリンニコフの曲集がある。


ファシズムの誕生―ムッソリーニのローマ進軍

ファシズムの誕生―ムッソリーニのローマ進軍

最近、ドイツにおけるファシズム(ナチズム)の成立は、いくつかの新書版など出版も増えてきたが、イタリアでの事情はドイツより10年位先輩格であるにもかかわらず知られることもより少ない印象である。1987年出版の本書は、独裁者ムッソリーニの思想的には「社会主義者」としてデビューした彼の生い立ちから、その頂点というべき1922年の「ローマ進軍」までの丹念な「年代記」である。

イタリアというラテンの血の伝統なのか、その権力奪取の凄まじさは中途半端なものではない。また、ファシズムに抵抗する勢力も命懸けだ。

問題なのは、その反ファシズムの運動が、部分的にはグラムシなどの理論的な格闘はあったが、(イタリア社会党に対するコミンテルンの「指導」も今から考えるとめちゃくちゃである。)あらゆる局面で効果的であったかどうかであろう。現代日本の「右翼」的論調がムッソリーニと全く同質とは言わないが、多くの共通点がある以上、私たちに重くのしかかる課題である。

「アルトロ・ウィの勃興と没落」ではないが、ムッソリーニの没落も聞きたいところではあるが、著者の逝去でその続篇はかなわぬこととなった。その没落の年代記は私たち自身で書かなければならないのだろう。


ホッブス「リヴァイアサン」

Kindle 本で読んでみた。

リヴァイアサンⅠ
教会国家のと政治国家の素材、形態、権力

  • はじめに

はじめに自然とは 、天地を創造し支配するために 、神が用いる技のことである 。人間の技術はさまざまな事柄において自然を真似る 。そうした模倣によって人工的な動物を作ることもできる 。

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続・こんなご時世だからこそ(1)

カール・マルクス先生、「フランスにおける階級闘争」にて曰く

およそこのバローという人間ーブルジョア自由主義の化身で18年間を通じて彼の精神のいやしむべき空虚さを、そのからだのもったいぶった態度のしたにかくしてきたこの人間ーの犯さなかったような変節行為はなかったのだ。

ローレンス・スターン「トリストラム・シャンディの生活と意見」(1巻11章)からの借用らしい。ともあれどっかの国の首相と似ていなくもない。もっとも18年間も彼に付き合わされるのはご免であるが…


和辻哲郎「日本精神史研究」

柄になく、和辻哲郎の「日本精神史研究」なる本を読んだ。
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本体というより、加藤周一の解説を読みたかったからだ。加藤周一の「日本文学史序説」には直接には、和辻哲郎への言及はない。政治思想的には反対の極に立つ和辻をどう評価するのか、少し興味がある。解説の最後に、加藤周一は書く。

『日本精神史研究』の改訂が、時代の変化、すなわち「大正デモクラシー」の自由主義から超国家主義的風潮への知的雰囲気の推移を反映していることを指摘し、それにもかかわらず改訂『日本精神史研究』の本文が、大すじにおいて見事な「作品」であり、それを見事な「作品」として成り立たせたのが。著者の意思と能力ばかりではなく、また二十年代日本の時代であったことを指摘すれば足りる。私は二・二六事件以後の日本政府にも、その日本政府の立場に近づいた和辻の著作にも賛成しない。しかし今日読みかえしてみて、『日本精神史研究」を愉しむのである。

機会あれば、その「大正デモクラシー」が「大政翼賛」へ傾斜していったのか?和辻のみならず、もうすこし人物をひろげて観てみたいと思う。
追加として加藤周一のことばをもう少し引いておく・

話を民主主義の問題にかえせば、私は戦争から戦後にかけての大衆の意識の上に、自発的な前進、したがってもとへは戻りようのない変化があるといった。しかしその大衆は、おそらく「万葉集」の時代から一貫して発展してきた精神的構造によって支えられているのであり、まさにその意味で日本の大衆なのである。大衆の中にある持続的なものとは、その精神的構造に他ならない。どういう民主主義ができるか、またそれがどこまで発展するかということは、長い見通しとしてそのことにかかわってくるだろう。

「日本人とは何か」現代日本の文明史的位置

結果的には「大正デモクラシー」を実質化できなかった和辻の立ち位置との対極がそこにはある。


葉室麟「星火瞬く」


アナーキストの大御所と言えばバクーニン(Wikipedia
)と相場が決まっているようだ。そのバクーニンが幕末の日本に姿を表し、なにやら政変に関係してくるという小説の設定なら期待感が高まるかな。葉室麟の小説のシチュエーションも、1861年にロシアの監獄を脱獄し日本に立ち寄ったのは史実のようだから、成り立つ設定ではあるが、正直、期待外れ…シーボルトの息子(その背景にシーボルトそのもの)や勝麟太郎、小栗良順(Wikipedia)、清河八郎(Wikipedia )、高杉晋作と幕府方、勤皇方など登場人物は多彩だが、どうもバクーニンとの絡みがもう一つ。トム・ストッパード『コースト・オブ・ユートピア』のほうが抜群に良い。


なぜ書き続けたか、なぜ沈黙してきたか、「4.3事件を問い続ける」

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5月31日づけ、赤旗読書欄「背表紙」より

先日、「上方芸能・文化を愛する会」というFBグループに以下の投稿をした。
もうすぐ、済州島4.3事件の日がやってくる。以前、紹介した、在日の詩人・金自鐘(キムシジョン)さんの自伝「朝鮮と日本に生きるー済州島から猪飼野 へ」の書評が、赤旗2015年3月29日に載っていたので紹介。その前の3月23日づけの文化欄には、金時鐘さんのインタビュー記事が載っていたので合わ せて…前述もしたが「在日」の意味を繰り返して問いかけることにより、「上方文化」はその陰影を深めながら豊かになってゆく。また今も済州島では、海軍基地建設の問題で、住民の思いは複雑なようだ。


簡単解説・済州島の海軍基地建設問題
紹介の本のなかでは、金石範氏は金時鐘氏への評価として「抒情を超えた、肉体としての言語の力…感傷を排除しても、抒情はいくらでもできる」と述べている。また金時鐘氏は、「事実というのは個人にとって圧倒するものであっても、それは球面体の一点のシミみたいなものだと思う。真上からはそのシミが大写しになってすべてのようであるけど、角度がずれると見えないものである。だから事実が真実として存在するためには、その事実が想像力のなかで再生産されなくてはならない。それが客体化された事実、つまり文学なんだ。」と説く。詩的な感受性の全くない私でも何となく分かる気がする。
日本帝国主義の負の遺産をまるごとひきづりながら、戦後直後米ソのはざまでその取引材料にされた朝鮮半島、こうした大状況ー客体化された事実ーを考えなおすのはまた別の課題である。

 


読んだ本ーサマセット・モーム「夫が多すぎて」

(「赤旗」文化欄・2014年10月31日付より)10686899_821032024615058_6670386448804735531_n

「そうなのよ、先の大戦で戦死した夫が生きてるなんで…私、情に深い性質(たち)なもので、夫の親友と結婚したばかりなのに…あした、ロンドンに帰ってくるわ、心配はしてないけども、なにしろ二人は大の親友だもんで、きっとうまくやってゆくわよ、でもね、やっぱり…お互い傷つかない方法ってないかしら…

私の悩みをハムレットの『生きるか死ぬか』になぞらえるのはちょっとおおげさかしら。せめて、『ベニスの商人』のポーシャみたいな智慧があったらな…『日本においては喜劇は悲劇であり、悲劇は喜劇である』だって、また、何か知ったかぶりのウンチクじゃない、それは!そんなことより、お芝居、楽しんでちょうだいね!」


3月23日のオフ

*今日は、全日の中央救急診療所出務に疲れ気味、空いた時間で、葉室麟「秋月記」を読んだ。爽やかな読後感だった。主人公は、山本周五郎の「樅の木は残った」の原田甲斐のような役割である。あらすじや批評は、「独り読む書の記」に詳しいが、ひとつだけ間違いがある。原猷(みち-原采蘋)の漢詩ではなく、彼女が引く(ひいては作者が)のは、彼女の師広瀬淡窓の「蘭」という詩である。

 ひと幽谷ゆうこくうちに生じ
あに世人の知るを願はんや
時に清風の至る有れば
芬芳ふんぼうみずかし難し

葉室麟『秋月記』

葉室麟『秋月記』

*外つ国言の葉の庭

Don Quijote para niños(15)(…)ANDANZAS POR SIERRA MORENA(…)Y Sancho emprendió el camino
decidido a llegar pronto
para volver enseguida
junto al hidalgo garboso.

ANDANZAS POR SIERRA MORENA

ANDANZAS POR SIERRA MORENA

そして、サンチョは街道をたどり、すみやかに到着するために、気品高き郷士の隣へと直ちに赴くよう決心した。

emprendió:emprender「着手する」の三単点過去、decidido:decidir「決める」の過去分詞、llegar:「到着する」の不定形、volver:「向きを変える」の不定詞、

Muy pronto se encontró al cura
y también al buen barbero
que querían que don Quijote
se fuera de nuevo al pueblo.

すぐに司祭に出会い、また、ドン・キホーテがふたたび人々の中で暮らすことを願う善良な理髪師にも出会った。

se encontró:encontrarse「出会う」の三単点過去、querían:「欲する」の過去未来(推量)、fuera:ser「〜である」の三単接続法過去ra形