憲法九条を守ろう!

2009年 5月 31日 日曜日

亡くなった母の文章

カテゴリー: あの人のこんな言葉...,あの頃の事 —所長 @ 11:22 pm

亡くなった母は映画好きで、小さい頃、よく映画館に連れられていった。堀辰雄の「菜穂子」か「風立ちぬ」が映画化され、恋人どうしが白樺の林の中で、再開する場面があったそうだ。幼心にも感動したのか思わず「よかったなあ」と声を出し、映画館の周囲の人々の微笑を誘ったと事が思い出話の一つだった。先日、家を整理していたら、母親の文章が出てきた。大阪保険医協会雑誌 1995年 8月号に掲載された、そんな母親の文章を紹介する。 (続きを読む…)

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2008年 5月 5日 月曜日

「イラク派兵違憲判決全文」を読む

裁判所の文書など、読むことは少ないのですが、今日まで、「イラク派兵違憲判決」の全文が赤旗に載っていましたので、読んでみました。全文は、ブログ「日本共産党応援たった一人の勝手連」に三回に分けて載っています。判決文の前半は、イラク派兵の実態について精緻な論旨で述べられていることに感心しましたが、次の最終部分、「(3)控訴人らの本件損害賠償請求について」には、身震いするほど感動しました。

 関係各証拠によれば、控訴人らは、それぞれの重い人生や経験等に裏打ちされた強い平和への信念や信条を有しているものであり、憲法9条違反を含む本件派遣によって強い精神的苦痛を被ったとして、本件損害賠償請求を提起しているものと認められ、そこに込められた切実な思いには、平和憲法下の日本国民として共感すべき部分が多く含まれているということができ、決して間接民主制下における政治的敗者の個人的な憤慨、不快感又は挫折感等にすぎないなどと評価されるべきものではない。

この一節だけでも、担当の裁判官が心を込めて書きあげられた、歴史に残る名判決です。

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2007年 7月 21日 土曜日

学生時代のある演説会を思い出しました…

学生時代、そんなに確固たる政治的な定見が持てなかった時代、たまたま参加した演劇サークルで、「時代の風潮に対して、きっぱりと言い切ることとは?」といったテーマで芝居作りに打ち込んでいました。周囲では、「大学民主化」、「大学解体」、「ベトナム反戦」などのいろんな「党派」のスローガンに騒然としていた時代で、クラス討論や学生大会では「きっぱりと言い切る」ことに躊躇していたそんな毎日でした。宮本顕治さんの話を生で聞いたのは、ちょうどそんな折で、その政治的な演説会では、国の行く末に関して、「きっぱりと言い切」り、かくも明快な展望を持った政治家をはじめてまじかに見た思いがしました。

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2007年 6月 15日 金曜日

消えたツーショット…

ここに一枚のツーショットの写真があります。Red Paper というブログで見つけたものです。もともとは、「コムスン通信」(2003年10号)という広報誌に掲載されたようですが、現在はなぜか(と書くのも今更という気もしますが…)表紙のみで写真そのものを含む内容は消されたようです。

折口、安部のツーショット

声高に主張を叫ぶのは、なるべくせずに「柔らかい」タッチでの投稿を続けたいと思っていましたが、最近の医療・介護・福祉の領域の、ある種のエゲツなさは目に余るものがあり、怒りを通り過ごして暗然たる気持ちになり、ブログの口調も「荒れて」しまいます。このごろ、診療所にも介護分野での「経営講座」の案内なる FAX がよく舞い込みます。そこには「ほかと差をつけるデイケアのマネージメント」とか「効率の良い介護経営」とか気を引くような文言が並んでいます。そもそも、人間相手の介護分野では、「人が人を世話する」といった日々の活動、——すこぶる「退屈な」と言ってもよいでしょう——の繰り返しです。「効率」や「利益」一般を否定はしませんが、そうした枠組みとは縁遠い世界です。

今日の赤旗には、この広報誌をもとに、参議院の厚生労働委員会で日本共産党の小池晃議員が、安倍首相に問い正したとの記事が、載っていました。安倍さん曰く、「単なる意見交換の場で、志を高く持てと、折口君にさとしてやった!」だそうです。いつの間にか、「志」という言葉も、彼らにとっては「介護を食い物にする」「日本を食い物にする」野望にすり替わったようです。

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2006年 6月 28日 水曜日

学べ、学べ、学べ、学びの道に終りはない

カテゴリー: あの人のこんな言葉...,以前のブログより —所長 @ 11:04 am

 ワールドカップは、日本にとって残念な結果でしたね。まだまだ、決勝トーナメントで白熱した試合が続いている中で、早くも日本の次期監督の候補としてオシム氏の名前が挙がっています。そうした報道の中で、「オシム語録」なるものを伝えていました。

 レーニンは、勉強して勉強して、もっと勉強しろ!と言った。だから私は、サッカーは走れ、走れ、もっと走れ!だ。

おおっと、テレビでまさかレーニンが出てくるとは思いませんでした。たしか「青年同盟の任務」にある言葉だったと思います。オシム氏は今はない祖国「ユーゴスラビア」での若い時代に影響を受けたのでしょうか、当方は、学生時代に聞きかじった言葉です。その後、この言葉に忠実な人生でだったわけではありませんが、今となって心に響きます。がんばらなくちゃ(^^ゞ

「学べ、走れ、学べ、走れ、サッカーの道に終りはない」とこれからの日本サッカーを担う若い人たちへ伝えたい気持でいっぱいです。

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