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林芙美子「めし」


ゲット価:400円(Amazon の古本で見つけたが、送料の方が高かった、でも今は、950円になっている。

ジャンジャン横丁(Wikipedia から)

ジャンジャン横丁(Wikipedia から)

秋の慰安旅行の件は、ten さんが、Aozora Blogに書いておられる。そこに出てくる「ジャンジャン横町」を舞台の一つにしたのが、たしか林芙美子の絶筆となった「めし」というのを思い出した。
「結婚」とか「家庭」とか林芙美子が縁の乏しかった事がテーマ。構成としては「二都物語」を狙ったのであろう、夫を持つ三千代と、その夫の義理の姪、里子という対照的な二人の女性が大阪と東京を舞台に描かれる。三千代というと、漱石の「それから」を連想する。テーマ自体も、「それから」に影響されたのだろう。作品中には、同じく漱石の「彼岸過迄」を読んでいる場面も出てくる。
その三千代夫婦が住んでいたのが、天神ノ森。その時も今も写真のようなチンチン電が通っている。近くの保育所で、健診があったので、天神ノ森周辺からジャンジャン横町まで立ち寄ってみた。天神ノ森は、名前の由来のように、近くに天神さんの神社があり、七五三の幟がはためいていた。ここらまで来ると、庶民的な町を離れて、お屋敷も多くなり、ちょっと高級感のある住宅街である。三千代のおじの住まいも、天神ノ森駅から一停留所の帝塚山に設定されている。
「めし」文学碑

「めし」文学碑

天神ノ森からジャンジャン横町は、この阪堺線で一本、霞町で降りることになる(tenさんらと待ち合わせた地下鉄「動物園前」に隣接)。終戦直後(この作品は、1951年発表)は、通天閣は戦時中の鉄材供出のためなく、林美智子の死後、1954年10月28日の今日、再建された。「めし」の頃のジャンジャン横町や新世界の光景も随分違ったものだったのだろう。新世界名物ビリケンさんは、今は串カツ屋の前などにも飾られているが、「めし」の別の処で触れられているので、新世界界隈を取材した林芙美子の記憶に残る物だったのだろう。
ジャンジャン横町と新世界の写真を撮ろうと思ったが、あいにくデジカメ電池切れ、天王寺にある「めし」文学碑と合わせて次の機会とする。

【2013.3.13追記】「ジャンジャン横丁」と「めし」文学碑の写真を掲載。