月別アーカイブ: 2005年11月

野田秀樹「怪盗乱魔」


ゲット価:100円

野田秀樹「怪盗乱魔」

野田秀樹「怪盗乱魔」

学生時代、唐十郎や鈴木忠の芝居を見に行った。東京クンダリに出かけたというより、何ヶ月も東京の友達の家に居候し、なんとか食いつないでいたのだから、のんきな時代でもあった。それから、少し経った頃に野田秀樹の「夢の遊眠社」が出てきて、「怪盗乱魔」も初演されたように思う。そうした芝居の溜まり場が東京でも新宿近辺に集中していた。赤テントや早稲田小劇場で、台詞の毒気に酔った思いがあるが、今となってはさすがに、「怪盗乱魔」のそれは、あまりにも時代の雰囲気に乗っかっていたのか、以前ほどのインパクトはない。東京、とりわけ新宿という町の陰気さ、陽気さ、猥雑さ、健全さ、などなど、いっぱいひきづってきたのも、こういう芝居で最後かも知れんなあ。聞けば、新宿歌舞伎町は、「エンタメ」(始めこの言葉を聞いたときはいまさら円を貯めてどうするんや、と思ったが、エンターメントの略だそうだ)センターとして生まれ変わるのだそうだ。歌舞伎町の安ホテルに泊まったとき、朝 4時から 5時のつかの間の静寂が、かえって街の雰囲気があったことも覚えているが、街の様相も相当に変わるのだろうか?

Rhapsody in インフルエンザワクチン(その 2)

Influenza(新型インフルエンザ)への警戒心が強いのか、昨日も診察はワクチン希望者で朝夕ともに、ごった返していた。

診察のとっぱなから、若い人たちが列をなして待っている。その中には芝居用のドウランをつけたままの子どももいる。どんな人たちかと聞いてみると、診療所の筋向かいにある「ドサ回り用」の芝居小屋から来られた役者さんだそうである。

朝一番に座長の一声「てめえら、いんふるえんざとやらの痛た〜い注射を受けてきやがれ!」(と言ってかは定かではないが、 オイオイ…)で来診された由。

明後日には、もう千秋楽ラクで、もう他の土地に移動するそうだ。この冬は、ドサの旅空でもインフルエンザにかからず、元気に舞台を努めておくんなせえ。


Rhapsody in インフルエンザワクチン(その 1)

Rhapsody(狂詩曲)とはちょっと不謹慎なタイトルだが、毎年この季節になるとインフルエンザワクチンに追われる忙しい日々が続く。とりわけ今年は、「鳥インフルエンザ」への警戒感が強く、ワクチン希望者が殊の外多いようだ。

以前、学校での集団接種が盛んだった頃、一つの学校あたり数百人という単位でうっていたが、今から思うとよくあんな事が出来たかと思う。ある中学校で、生徒を静かにさせるために、問診や診察中ずっと教師がどなりちらしていた。「あの〜、先生の声の方がうるさいんですが…」と、よっぽど言おうかと思ったほどだ。やがて、群馬県高崎市医師会の報告で、学校で集団接種しても、インフルエンザ流行期の欠席率には差がないとが出たときには、「じゃあ、今までやってきたのは何なの?」とショックだった。しばらくは接種中止の期間が続き、秋から冬へは落ちついて診察できると思っていたが、昨今はまた事情が違ってきた。

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藤本義一「ふりむけば朝」

集英社文庫(現在は絶版)

ゲット価:200円

江戸時代の大阪に関わりある人物として、近松門左衛門、井原西鶴、上田秋成などの「文学畑」の人たちと並んで、天保年間、元天満町与力として「救民」のために義兵を挙げた大塩平八郎は欠かすことはできないだろう。古くは、森鷗外の「大塩平八郎」で有名だが、どちらかと言えば「歴史其儘」で、彼の性格や人物像に触れた個所は少ない。それでも、鴎外は「大塩平八郎は、覚醒せざる社会主義」と、作品の書かれた大正はじめの世相に引きつけて書いている。鴎外大人がこう書いた以上、それ以後、「歴史其儘」を引き継いで、「歴史離れ」の大塩平八郎の人物像を作ることは出来にくくなったのではなかろうか?

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山本高治郎「母乳」

ゲット価:100円

 以前、新生児の担当だった頃に母親教室での「バイブル」だった。整理が悪くて、どこかにやってしまったが、初刊から、20年以上経たが、改めて読んでみて、とても新鮮。今、母乳栄養の割合はいくら位なのだろうか?とふと思った。

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井上ひさし「太鼓たたいて笛ふいて」


ゲット価:380円

今年 4月から、西成医療生協機関紙「さわやか」の簡単な書評欄を担当している。ちょうど、いいネタがあったので、来月分としてストックすることにする。続きは、その文案である。

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五木寛之「ステッセルのピアノ」


古本ゲット価:100円
五木寛之「ステッセルのピアノ」
 今の診療所に赴任してまもなくの時、ある往診患者さまが、「戦争が終った時は、子供だった。」と言われた。たしかその方は、百歳近い長寿で、太平洋戦争の事だとすると、年勘定が合わない。よく聞いてみると戦争とは日露戦争を指しているようだ。
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「照る日曇る日」ブログを始めます!

 世の中、ブログ流行ばやりで、当コミュニティサイトでも始めようと思い立ちました。このサイトを形作っている、Xoops に、WeBlog というモジュールがあります。エントリ入力が、比較的に簡単なので採用しました。ただ、最新ファイルの RSS を出力する際に、その形式が RSS リーダで取り込めないというエラーがあり、ブログ公開を躊躇ためらっていましたが、何とか解決したので、本日より開始します。
 今後は、医療生協内で毎月開かれている「金子みすずの童謡詩を読む会」の模様など、「金子みすずブログ」で紹介してゆきたいと予定しています。

 実は、名称の「照る日曇る日」は、往診とデイケアにかよってきていた患者さまの口癖から拝借しました。

「Sさん、今日はどんな日なの?」
(すてきな笑顔で)「おかげさまで、照る日ですわ。」
(ちょっと悲しそうに)「今日はちょっと曇る日やね〜。」

こうして、生きているという実感を、日々に新たにしながら、Sさんは、照る日も曇る日も通院されていましたが、数年間、在宅で往診、そして今は、入院から施設入所となってしまいました。このブログが、かって S さんがいだいた思いを込め、「照る日曇る日」、日々皆さんと喜び、悲しみをともとなればと願っています。

 今日は、医療生協の第7回「健康まつり」がありました。私は、所用でほとんど参加できませんでしたが、立ち寄ったときにはたくさんの人出でにぎわっていました。改めてニュースでその模様をお知らせできると思います。


太宰治「ろまん燈籠」

 ゲット価:100円

太宰治「ろまん燈籠」

太宰治「ろまん燈籠」

久しぶりに、太宰治を紙の本でまる一冊読んだ。「ろまん燈籠」は戦時中の作品集、昨日青空文庫では、この中から「佳日」が公開になった。これで作業中の作品は、この作品集では、「新郎」だけになった。
戦時中の太宰の作品は、時代を突き抜けた一種の暖かみと彼の持つ本来のニヒルさが微妙に交錯しながらバランスを取っている印象がある。表題の「ろまん燈籠」のように、グリム童話の「ラプンツェル」に材を取りながら、彼の夢見た「家族の物語」を構成してみせる。「佳日」でも友人の結婚式でのモーニングの借り受けなど、暗い時代だけに、ぜひとも書きたかったエピソードであろう。「新郎」は、そんな時代への彼独特のスタンスが目立っている。「軟弱だ!」とする国民学校訓導(なんて言葉があったのですな(-_-))への精一杯の抗議。時代が、滅亡へと急傾斜してゆく彼の予感。その中で、
ああ、日本は、佳い国だ。パンが無くなっても、酒が足りなくなっても、花だけは、どこの花屋さんの店頭を見ても、いっぱい、いっぱい、あか、黄、白、紫の色を競い咲きおごっているではないか。この見事さを、日本よ、世界に誇れ!

と高揚とした気分を差し挟み、

(昭和十六年十二月八日之を記せり。この朝、英米と戦端ひらくの報を聞けり。)

と末尾に書くが、そうしたムードは、あの時代の、しかも太宰だけの問題ではないと思う。