月別アーカイブ: 2007年5月

世界禁「戦」デー?

絵心のない者にとっても、フリーの画像処理ソフトに少し慣れると、写真など既製の画像を加工することはできる。もっぱら、使っているのは、gimp である。ご存じと思うが、photoshop キラーとの評判だけに、機能は多彩(のよう)である。その一部しか使ったことはないが、デジカメで撮った写真に、テキスト処理をしてみた。(写真をクリックすると拡大する。写真のTシャツは、法人で販売中である。)

Mac では、そのまま動く、gimp が見あたらず、テキストはファイルを通じての入力なのでやや、不便…かつ、Mac が持つ多様なフォントも使えないのが難点である。

 

今日は、禁戦デーじゃなく、WHO 世界禁煙デー。


このまちギャラリーオープン!


 小さい頃から、絵心はまったくありませんでした。高校生の時、美術の時間の課題に、油絵一点というのがありました。なんとか、体裁をつけなければならないので、芸大志望の友人に、油絵技法を即席で教えてもらいました。彼の絵の傾向は、キュービズムだったので、出来上がった作品もそんな雰囲気でした。自分では、かなりの「力作」と思っていたのですが、美術の教師の前で披露すると、一言、「派手やね」。その教師は、どうやら印象派が好みだったようです。それ以来、絵の創作とは縁がありませんし、せいぜい、知人の絵を感心して眺めているばかりです。

法人の理事で、定年後絵に打ち込んでおられる方がおられます。彼のスケッチ帳を借り受けましたので、「このまちサイト」で「このまちギャラリ」として開設しました。西成の街の風景にも、暖かい思い入れが感じられるスケッチ帳です。ぜひ、ご覧ください。(西成民主診療所を正面から見たスケッチを掲載しました。


杉本秀太郎:花ごよみ



古本でゲット:280円

 季節が移り変わるにつれ、人は心動かし、その時々の花に託して、詩や歌という形で言葉に残してゆく。日本人は、こうした傾向がとみに強く、その「解説」のようなこの種の本は、たくさんあるらしい。ある日、並べてある古本の束から、何気なく買ってしまったその本の著者の杉本秀太郎氏は、京都在住のフランス文学者。氏の古今東西の花にまつわる詩歌についての蘊蓄うんちくを読むと言うより、ながめているだけでそれなりに楽しい。

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芥川龍之介:枯野抄

芭蕉終焉の地石碑

芭蕉終焉の地石碑

先日、ブログ照る日曇る日のチェロ演奏会評の記事で、ブラームスのチェロソナタを、芭蕉の辞世の句に例えた。ちょうど演奏会場の前を通る御堂筋を南に行くと、芭蕉の終焉の地がある。行ったことはないが、大阪市の案内に写真があったので、取り込んでみた。
大阪民主新報 2007年5月27号では、芥川龍之介が「枯野抄」(青空文庫所収)で、その時の弟子たちの様子を描いている事を紹介していた。

龍之介が一番感情移入していたのは、弟子の(内藤)丈艸で、その心うちを、

限りない悲しみと、さうして又限りない安らかな心もちとが、おもむろに心の中へ流れこんで来るのを感じ出した。悲しみは元より説明を費すまでもない。が、その安らかな心もちは、あたかも明方の寒い光が次第にやみの中にひろがるやうな、不思議にほがらかな心もちである。しかもそれは刻々に、あらゆる雑念を溺らし去つて、果ては涙そのものさへも、がうも心を刺す痛みのない、清らかな悲しみに化してしまふ。彼は師匠の魂が虚夢の生死を超越して、常住涅槃じやうぢゆうねはんの宝土に還つたのを喜んででもゐるのであらうか。いや、これは彼自身にも、肯定の出来ない理由であつた。それならば——ああ、誰かいたづら䠖跙しそ逡巡して、己を欺くの愚をあへてしよう。丈艸のこの安らかな心もちは、久しく芭蕉の人格的圧力の桎梏しつこくに、空しく屈してゐた彼の自由な精神が、その本来の力を以て、やうやく手足を伸ばさうとする、解放の喜びだつたのである。彼はこの恍惚くわうこつたる悲しい喜びの中に、菩提樹ぼだいじゆの念珠をつまぐりながら、周囲にすすりなく門弟たちも、眼底を払つて去つた如く、唇頭しんとうにかすかなゑみを浮べて、恭々うやうやしく、臨終の芭蕉に礼拝した。——

208px-Kakitsubataとしている。筆者の入江春行氏は、師漱石の呪縛から解放された龍之介の心情を託したものとしている。作品では、ここの引用も含めて、「限りない」という言葉を三回使っているので、加えて、龍之介の有限の人生に対する深い悲しみ故の清明な心境もあるのでは、と思う。それは、ブラームスのチェロソナタの曲調に似てなくはない。
兼六園の杜若が、Wikipedia に載っていた。

杜若かきつばたわれに発句の思ひあり 芭蕉


旅に病むで夢は枯野をかけめぐる

大阪民主新報では、地元大阪の話題を楽しく読んでいます。今週 2007年5月27日号の「大阪文壇事件簿」は、芥川龍之介の 2回目、彼の作品「枯野抄」が取り上げられています。その話題を別稿に投稿しました。


のどの赤いのはソ連型?―診察でのギャグ(その 19)

週の初め、月曜日の外来診察は、たいていその科の部長クラスの医師が担当する。小児科の場合、週末からの発病が多く、その月曜の外来はいつも混んでいる。「エース」登場でお手並み拝見というわけだ。まだ駆け出しの医者だった頃、外来での研修は、その部長の指導医(Oben)につきながら、一言一言を書き留めることから始まる。(ドイツ語で、書く人=Schreiber と言う)やがて、ひとり立ちして、外来診療が任されるのであるが、それでも時々は指導医のチェックが入る。しかしその日は、医者の割り振りの関係で、伝染性疾患を診る隔離室担当であった(したがって、医者そのものも隔離される!?)。そこにインフルエンザと思われる子どもがやってきた。

― この子、土曜日の夜から熱出てますねん。
― ん、こりゃ、ほんまの Saturday Night Fever やね。(ここらへんまでは、友好的な雰囲気…)
― インフルエンザちゃいまっか?
― どれどれ、あ、そうや、のどが赤いから、ソ連型かね。(だんだん、親御さんは、怪訝な表情になる…)
― そんなんで、ソ連型と香港型の区別がつくんでっか?
― 当たり前や、香港型は、咳に特徴があるんやで。
― ? (まだ、それでも話を聞こうとはする…)
― ホンコン、と咳するんやな、これが…じゃあ薬だしとくわ、お大事に!
― (完全に、憮然…)

その後は、二度とその親子は当方の前に姿を現さなかった。手軽なインフルエンザの診断キットもなく、第一こうした洒落も完全に時代遅れになるほど、遠い昔の話である。今年は、冬から春にかけての流行期を過ぎても、たまにインフルエンザの患者さまを診る事があるが、もっぱらタミフル投与の是非について話さなければならず、こんなギャクを言い交わす余裕がないのは、かえって寂しい気もしている。

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今日は、チェロに涙しなかった…

宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」に影響されたわけではありませんが、昔から弦楽器の中では、チェロが一番好きです。カザルスに代表されるような、力強い響きも良いし、ヨーヨーマの少し甘く切ない調べもたまりません。マのチェロは、彼の CD を、真空管アンプの装置で聴いたことがあります。実にナチュラルな音色に聞きほれ、なぜか涙が止まりませんでした。それ以来、チェロが聞こえてくると、涙腺が緩むという条件反射が出来上がってしまいました。先日、ラッキーなことに、大阪新音から、法人にそのチェロの演奏会の招待券が届きましたので、聴きに行ってきました。はたして涙は…

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「手をつなぐラッコ」に心なごむ…

 このブログの管理画面では、Wordpesss を使った、ネット上のブログの最新情報を垣間見ることができる。時に興味ある記事のあるブログに立ち止まり、一連の投稿に読みふけってしまう。護憲の論陣を張っておられるInternet Zone::WordPressでBlog生活には、たすきバナーの作り方を教えられた。今日は、わいわい@わい通信というブログに出会った。毎日、世の動きに辛口の批評をしながらも、感性豊かに絵画などの記事を書いておられるし、一介の「同伴者」にすぎない当方にとって、政治革新の志を持ち続ける事自体が敬服に値する。そのなかで、手をつなぐラッコという記事が目についた。「赤旗」にも載っていたそうだが、手持ち分を調べたが日付まではわからず、とりあえず、当方も You Tube からのコードをはっつけてみた。また、上記ブログにもトラックバックしておいた。往診の車中、最近世帯をもった若い事務の男性に、ラッコにおける「夫婦道」をとくとくと説いたのは、ま、ご愛敬ということで…




画像置き場に使ってみる…

育ちの木とM君 最近のブログでは、簡単に画像がアップできるようになっている。この WordPress でもそうだし、「このまちサイト」のもとになっている、geeklog でも基本的にはそうだ。しかし、どうも画像とテキストとの配置が気に入らないし、ブラウザによっては、テキストが分断されるようなレイアウトになってしまう。そこで、このブログサイトに画像を置き、スタイルシートで調節するようにした。定型的なコードは、ここでのエディタ部で比較的簡単に作ることが出来るので、その部分をコピー&ペーストすればよい。例として、先日撮ったデジカメ写真をここにアップしてみた。
 実は、この写真、このまちサイト「育ちの木」の記事で使おうとデジカメを構えていると、偶然、M君がやってきた。小さい頃は、よく風邪を引き、診察していた。「今晩、診療所に泊りーや!」と帰る際に腕をひっぱたり、おなかを診る時には、「おへそ取るどー」など、「からかった」り、「いじめ」たりしたものだ。最初のうちはベソをかき、半泣きにもなったが、途中からだんだんたくましくもなり、当方の「冗談」にも調子を合わせてくれていた。しかし最近になると丈夫になり、受診そのものの回数も減り、診療所で会うのも久しぶりだ。ちょうどよい。彼も十分育ったのだから、「育ちの木」の前で、ポーズをとってもらった。そんな由来の写真である。