日別アーカイブ: 2007年 7月 10日 火曜日

朝顔の葉陰(はかげ)に猫の目玉かな…

フェンスに咲く朝顔江戸時代に、見向きもされなかった、紫陽花に代わって、品種改良され大輪の花を競うそうになったのが、朝顔だそうだ。杉本秀太郎「花ごよみ」には、伊東静雄の詩が紹介されていたので、青空文庫から転載しておく。(「詩集夏花」より)写真は、診療所の近くの広場のフェンスに咲いていた薄い藍色の朝顔、近くには、猫が多いので、ひょっとしたら表題の夏目漱石の俳句のように、顔を出すかもしれない。

 

朝顔 辻野久憲氏に

去年の夏、その頃住んでゐた、市中しちゆうの一日中陽差の落ちて来ないわがの庭に、一茎ひとくきの朝顔が生ひ出でたが、その花は、夕の来るまで凋むことを知らず咲きつづけて、私を悲しませた。その時の歌、

そこと知られぬ吹上ふきあげ
終夜しゆうやせはしき声ありて
この明け方に見出でしは
つひに覚めゐしわが夢の
朝顔の花咲けるさま
さあれみ空に真昼過ぎ
人の耳には消えにしを
かのふきあげの魅惑まどはし
が時きて朝顔の
なほ頼みゐる花のゆめ

その朝顔の咲く家は、当方が以前勤務していた病院の近くで、堺の百舌耳原陵(仁徳天皇陵)に隣接した一角にあったと思われる。大阪市内には、伊東静雄の詩碑はあるが、残念ながら、堺市内には見うけられないようだ。