月別アーカイブ: 2008年11月

H君を偲ぶ

自由の血

2日前の記事の追加です。

会には、少し遅れて到着したので、「自己紹介」的な挨拶では充分に披露できなかったことです。30 数年前の大学は、学内では「70年安保」の「政治闘争」が盛んな毎日でした。クラブ活動も、そんな激動に振り回されていた感もあります。いつのデモかは失念しましたが、公演も差し迫っていたある日に、学内の学生集会と芝居の稽古の日程と重なってしまいました。小生も含めて、過半数の仲間は、その集会に参加すべく、クラブの部会にも、練習を休もうと提起したんですが、その会議の中で、日頃は軽妙なギャグで皆を愉しませていた H君が、その時だけは実に難しい顔をして「練習すべきだ」と頑に主張し続けたのです。結局全員の合意が得られず、その日の使い方は、各人の自由意志との結論になりました。当日になり、デモが終わって、戻ってみると、部室の入り口では、他には誰もいない室内に一人で、いつも稽古の最初に行っていた「ア、エ、イ、ウ、エ、オ、ア、オ、アイウエオ」との発声練習を繰り返している H君の声が聞こえてきました。なんだか、彼に悪くて、その日はとうとう部室の扉を開ける事ができませんでした。

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三十数年ぶりの再会

木下順二「白い夜の宴」 先日、三十数年ぶりに、大学時代のクラブの面々と再会した。すこし後輩であった、H君を偲ぶ機会に、彼と面識のあった複数の学年の、OB & OG が参集した会であった。大学のあった隣県で開催されたのだが、当日は、通い慣れたはずの北陸路の特急が、最寄りの駅へ近づくにつれ、なんだかタイムマシンに変わったように、三十年余の時間を遡ってゆくような錯覚に陥った。あの頃と変わらぬクラブ諸兄との懇談を懐かしく思うと同時に、喜びと悲しみのあったろう、その歳月は決して短いだけではなかったことも感じ、複雑な思いもした。翌日、山中の古刹で H君の墓参をして、またの再会を約して帰路についた。帰りの列車の中で、戦争責任を問うた芝居(写真)の台詞の一節をなぜか思い出し、小声で口ずさんだ。

—お父さんの過去を知らなかったら、僕は安保闘争を経験した普通の青年として普通に悩んだあげく普通の生活を送っていたでしょう。‥お父さんの過去を知ると言う事はそういうことなんですよ。

—彼(たしか指揮者フルトベングラーだったと思う)は、ドイツ人の未来を信じて、その魂に向かって指揮棒を振り続けたんだ。