月別アーカイブ: 2012年1月

¡Feliz cumpleaños,Amadeus!(アマデウス、誕生日おめでとう)

1月27日のモーツァルト―その全曲を聴く(4)

まさか、生まれてすぐに、作曲したわけではないが、モーツァルト最初の交響曲第1番第1楽章、1764年、8歳の時の作品。よく文学作品では、処女作にその人のその後のすべてがあると言われる。にわかに信じがたい説だが、やはり少数の例外はあり、モーツァルトがそれに当てはまると思われるようなみずみずしい楽章である。曲の解説は、モーツァルト作品解説にて。

よりパセティックに、より静謐に…

1月26日のモーツァルト―その全曲を聴く(3)

バイオリンとピアノとのデュエットによる 短調のVariation 第2弾。こちらは、バイオリンソナタヘ長調の第2楽章ニ短調。前回の KV360 にくらべて、なぜか、よりパセティックで、長調部分の変奏では、より静謐に聞こえる。

バイオリンは、Oliver Colbentson、ピアノは、Erich Appel。はじめて聴く演奏だが、なかなかの好演と聴いた。曲の解説は、モーツァルト作品解説にて。
明日1月27日は、254年目のモーツァルト生誕日、さてどんな曲にしようかな?でも、「死ぬことはモーツァルトが聴けなくなることだ」と言ったアインシュタインをきどるわけではないが、生誕250周年目の日に、全曲を聴こうと思い立ち、もう4年になるも、まだ半分にも達していない。死ぬまでに、完聴できるかな?

ト短調という運命の調性

1月24日のモーツァルト―その全曲を聴く(2)

従来「ああ、私は恋人を失くした」(Hélas, j’ai perdu mon amant)というシャンソンがテーマとされていたが、新全集では「泉のほとりで」によると変更されている。前者のほうが、ドラマティックと思われるが…バッハのロ短調、ベートーヴェンのハ短調と並んで、モーツアルトの運命の調性ト短調、彼の真骨頂の哀愁あふれる変奏曲。主題のあとの変奏では、ピアノとバイオリンが交互に旋律を奏で、あるいは、からみあって変奏を形作る。そして、長調部分の変奏でも憂愁の陰りは収まらない。以下の曲解説では、1781年、ザルツブルグ大司教との確執の後、ウィーンでの再出発の年に作曲されたとある。何か心に期するものがあったのだろう。Youtube では、オイストラフとスコダの名演奏を聞かせてくれる。
曲の解説は、モーツァルト作品解説にて。

真っ先に身を引くべきなのは一体誰なの?

本日(1月19日)の「読者の広場」の投稿が、Facebook で、話題になっていた。申し訳ないが、今日は、激しく同意・共感したので全文引用。その前に、Youtube で、2年前、「政権交代」前の選挙での野田現首相の街頭演説が載っていた。「言葉が軽い」とは思っていたが、ここまでとは…真っ先に身を引くべき人物がここにいる!

以下投書全文。

「自らが身を切らなければ」と、いかにも神妙なふりをする政治家がいるが、その中味は議員削減だという。そんなことを言う議員は自分がなまけ者であることを証明しているようなものだ。
 もっと子どもに寄り添いたいと願っている教師が、教員削減を求めるだろうか。もっと医療を充実させたいと苦心をしている医師が医師不足をなげかずにいるだろうか。
 どんな職業人でも、熱心な人なら同業者が多ければ多いほど、その仕事が充実するものだと考えるのが普通ではないか。
 つまり議員を減らそうという議員は、豊かな政治をする気がない人たちなのだろう。だからわたしは、その人たちに「身を切るなど中途半端なことを言わず、身を引きなさい」と言いたい。
 議員を減らしたいのなら、自分が議席を返上し、以後立候補しなければよい。議員定数削減は全く必要がない。その人たちがいなくなった分、しっかり仕事をする議員が埋めてくれればよい。ちなみに共産党の議員を見る限り、身を切らなければならない議員なんて一人も見当たらない。


江戸クリエーターの批判精神

みかけハこハゐがとんだいゝ人だ

本日(1月18日)付けの文化欄に、今年没後150年の歌川国芳(うたがわくによし)展の記事が載っていた。東京開催なので、観にゆくすべもないが、人間の顔に、人体を埋め込んだ「みかけハこハゐがとんだいゝ人だ」の写真が面白い。(右画像)「妥協を許さないクリエーター(表現者)の気概。自己の創作には品質、権力者には批判精神」とアライ=ヒロユキ氏は賞賛する。

浦島太郎の竜宮城でのお祭り騒ぎは、諸外国の要求と財政難に右往左往する無能政治家の姿を表したものであり、TPP(環太平洋連携協定)対策と累積赤字などに翻弄(ほんろう)される現政権に重なる。巨大な大衆ヒーローが大名行列を見下すさまは、武士が支配する身分制度への揶揄(やゆ)でもある。

こうした、江戸文化の「底流」はなかなか紹介されないことが多かったが、近年は便利になったもので、以下、ネットにあった歌川国芳の絵画である。

この日の「鎮魂歌」として…

1月17日のモーツァルト―その全曲を聴く(1)
Mozart: Maurerische TrauerMusik - Harnoncourt/WPh(2004Live)

日頃は、モーツァルトの「レクイエム」などの「鎮魂歌」を聞くことはあまりないのだが、今日、この日はこの曲を聞いて一日の終りとしたい。6分間の短い曲だが、地の底から沸き上がって来るような弦の調べが、最後まで感情を高ぶせながらも、清めてくれる気がする。今はダダ、17年前、そして、3.11の大震災の犠牲になられた方々に心から哀悼の意を捧げる。画像をクリックすれば、Youtube へのリンクとなる。(カルロス・クライバーを偲んで、アーノンクールがウィーン・フィルを指揮したライブ録音だそうだ。それにしても、「ジャケット」に少女漫画とは意外な組み合わせだ。)
17年前に、神戸協同病院での献身的な活動の様子は紹介したが、その製作者石川さんもブログに、この曲を含めた CD について書いておられる。

 店内には,今まで聴いたことのない曲が流れています。柔らかい管楽器の音です。/天上の音楽のようです。スピーカー横にLPジャケットがあります。/ モーツァルトのフリーメーソンのための音楽でした。/穏やかでまったく騒ぐことのない音楽でした。大編成のシンフォニーばかり聴いていた私にとってとても新鮮な驚きでした。

いつでも笑顔で神戸から(^_^) シニア世代のためのblog」より

*曲情報:Mozart: Maurerische TrauerMusik(フリーメーソンのための葬送音楽)K477 – Harnoncourt/WPh(2004Live)(アーノンクール指揮ウィーン・フィル)
【注】フリーメーソンは、Wikipedia 参照のこと


オダサクへのオマージュ

少し過ぎてしまったが、1月10日(1947年)は、彼の命日である。当方は、彼と人生を重なることはなかったのだが…

たあやんは浪速の街に生きている

また、しょうこりものーでてきよりました。おださく、よろしおまんな。おおさかじんのええとこ、えげつないとこ、せんせはみんなかいたはります。わては、いっとーええのは、「わがまち」とおもてま。ちらっとやけど、わてのすんでるとこ、でてきますのや。ちょうこはんとりゅうきちはんもとうじょうでんがな。もりしげはんのりゅうきちもええけど、しんこくげきで、ベンゲットのたあやんをやらはったのが、しまだしょうごはん。これまたたまらんだすな。しぶーて、ちょっといやらしゅーて、そんでも、ひんがありまんがな。まつけんはんがなんぼのもんじゃい。さいごよつばしのプラネなんとかというとこで、みなみのほうでしかみえへんおほしさんみてなくなはりまんねん、ほんま、なけてくるがな。そのでんきかがくかんものーなってしもうて、おおさかのまちもさびしなってきたわ。おださくせんせ、たまにはあそびにきて、また、おもろいはなしきかしておくなはれ。

織田作之助 新国劇でおなじみ、「ベンゲットのたーやん」の話である。織田作之助(写真)の「わが町」(青空文庫)を元にしている。少し個人的な注釈を少し。一つには、南河内郡狭山の地名が出てくることである。狭山近辺には、オダサクの足跡があることは、「織田作の旧家を訪ねて」で書いた。もひとつ、今はなくなってしまったが、たーやんが波乱の生涯を閉じた四ツ橋電気館のプラネタリウムに、子供の時に連れてもらった事が、思い出されれる。現在は、電気館はなく、大阪市立科学館のプラネタリウムになってしまった。(大阪市立科学館プレスリリース


もうすぐ、1月17日…

1995年1月17日神戸協同病院のマンション屋上から撮影もうすぐ、1月17日がやってきます。当方はあの時、何をしたのか、いや何が出来なかったのか?それは、17年経過した今となっては、遠い記憶の深層に沈んでいます。その上、3.11を経験し、ともすれば、何か「無力感」を再確認するだけですが、「記録」が単なる「回想」に終わらせてはならないとつくづく思います。当時の、ご自身を含めた現場での献身的な活動をホームページに淡々と綴られた石川先生の深い思いに敬意を表します。1月25日頃まで、「懐かしい」(といってはいけないのだろうな)画面が閲覧できるそうです。
そのリンクは、「大震災が教えたくれたこと 」です。写真はそのホームページからです。1995年1月17日神戸協同病院のマンション屋上から撮影されました。


「書架散策」の一文

寺山修司

新聞の読書欄というのは、書評を読んだだけで、その本を読んだ気になるのが不思議である。特に、その欄にあるコラムなどは、短くても書評子の「人柄」が出てくるので面白い。本日の「書架散策」は、スタジオジブリプロデューサーの鈴木敏夫氏、若い頃読んだ、寺山修司「戦後詩 ユリシーズの不在」の寸評である。寺山修司の本は、当方も若いころ幾冊かは読んだ記憶があるが、もちろん、この一冊は未読である。
書き出しは、こうである。
印刷機械は『ことば』を劃一(かくいつ)化し、知識の発達のために役立て、やがては『大きなコミニケーション』を生み出していった。
だが、私たちのどんなデリケートな感情をあらわすことばも、喚(わめ)き声も、ささやき声も、同じ大きさの鉛の鋳型(いがた)にはめこむという活字のおそろしさに気づく者は誰もいなかった。
寺山修司も想像出来なかったようなコンピュータ時代、さらに『大きなコミニケーション』、そして輪をかけてその画一化が進んでゆく中、個人のデリケートな感情を伝えるためには…寺山の指摘は依然として鋭い。
さらに、寺山の”歴史嫌い”に触れて、歴史は、
『過ぎ去った日』について語るか『たぶん、やってくると思われる日』について耳をすますだけで、現在進行中のものではなかったから
…国家として考えるより土地として考える事のほうがはるかに新鮮だし、それに人間的な気がする
鈴木敏夫氏の卒論のタイトルが、寺山修司に惹かれて「個人に於(お)ける歴史の役割」だと言う。もちろん、これは、プレハーノフの「歴史における個人の役割」を逆転したものだが、その後も、何かスタジオジブリの作品にも影響を与えている感じがする。

1月5日の診療

自宅のプリンタの調子が、イマイチなので、診療所で年賀状返信印刷中…エラーが出たので、声を出して読み上げる、「上トイレの用紙がなくなったか内部に詰まりました。」スタッフが、思わずトイレへ、「また~」。いやいや、トレイの間違いでした。ごめん、ごめん。m(__)m

プリンタのメッセージ

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