日別アーカイブ: 2012年 4月 23日 月曜日

日本人と漢詩(12)—芥川龍之介と孫子瀟

郷書きょうしょはるかおもふ、路漫々まんまん
幽悶ゆうもんいささたのむ、鵲語じゃくごかんなるを。
今夜合歡ごうかん花底かていの月。
小庭しょうてい兒女じじょ長安ちょうあんを話す。

やぶちゃんの電子テキストより

1921年の4ヶ月にわたる芥川龍之介の中国旅行で得たものは大きいと思う。また、芥川作品の各国語への翻訳のうち、民族差別的な要素を指摘されがちな評価であった「支那游記」のその中国語訳が出るくらいだから、再評価の機運があるのだろう。(関口安義氏は、その急先鋒の一人。)「支那游記」は、上海游記、江南游記、長江游記、北京日記抄、雑信一束と続く一連の中国紀行文で、Blog 鬼火に掲載されている。各々の巻で差別的な表現のニュアンスの違いもあるが、今読み返すと、まず、日本文化の底に流れる中国文明への憧憬を感じる。それに比べて、龍之介がつぶさに見た植民地化した中国の過酷な体験と、さらにその中国に「野望」を隠さない日本の現実が、二重にも三重にもだぶって描かれているとも取れる。西湖で蘇小小の土饅頭の墓を見てきただけではないようだ。漱石とは時代が違うし、谷崎潤一郎や佐藤春夫とも、気質が違う、芥川独自のとらえ方があると言えるだろう。関口安義氏は、旅行後の作品でも「桃太郎」「将軍」「湖南の扇」など、新たな社会批判的な小説に生かされていると言う。

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