月別アーカイブ: 2012年5月

日本人と漢詩(18)—木村蒹葭堂と葛子琴

贈世粛木詞伯 葛子琴 五言排律
酤酒市中隠 酒をる 市中のいん
傳芳天下聞 ほまれを伝へて 天下にきこ
泰平須賣剣 泰平たいへい すべからく剣を売るべく
志氣欲凌雲 志気しき 雲をそそがんと欲す
名豈楊生達 名はに 楊生ようせいすすむるならんや
財非卓氏分 財は卓氏のくるにあら
世粉稱病客 世粉せふん 病客びょうきゃくしょう
家事託文君 家事かじ 文君ぶんくんたく
四壁自圖画 四壁しへき おのづから図画とが
五車富典墳 五車ごしゃ 典墳てんふん
染毫銕橋柱 ふでむ 銕橋いきょうの柱
滌器白州濆 うつわあらふ 白州のほとり
堂掲蒹葭字 堂にかかぐ 蒹葭けんか
侶追鷗鷺群 ともふ 鷗鷺おうろむれ
洞庭春不盡 洞庭どうてい 春はきず
數使我曹醺 しばしば 我がそうをしてよわしめたり

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スペイン語学習(その10)―橋下君に贈るエスパーニャ俚諺(続々々)

ガウディの栞

ひさしぶりに、「テレビでスペイン語」を観た。とりあえず、4月19日(木)の録画分。タイトルは、「¡Gracias!」と易しいのだが、中身はなかなか濃い。まず、Barcelona では、サグラダ・ファミリア教会(リンクは、Wikipedia)の建築が100年以上も続いているとのことで、感心した。ガウディ死後100年の2026年完成を目指すという。写真は、息子から貰ったスペインみやげのガウディの栞。
それと、「言葉あるき」のコーナーが秀逸。

Mucho ruido y pocas nueces.

ruido は物音、nueces < nuez はクルミ(女性名詞)。mucho ⇔ poco は、多い、少ない。全体で「大きな音なのに、実の少ないクルミ」とナッツを食材によく使うスペインならではのことわざ。テキストでは「大山鳴動鼠一匹」と言い換えるが、少しニュアンスが違うようだ。
そう、インタビューの場面で、取材相手を根拠もなく罵倒する君のことではないかな?

ふくろうの鳴き声を聞きました

Wikipedia フクロウ連れ合いが、近所にふくろうがいて、夜になると「ゴロスケ、ホーホー」と鳴くのが聞こえると以前から言っていましたが、まさかと思い信用しませんでした。今日、犬の散歩の時に、また鳴き声が聞こえるとの事。半信半疑で、ふくろうがいそうな小さい丘の近くまで行くと、何と鳴いているではありませんか?幸いボイスレコーダーがあったので、録音しました。前半は、私の足音と息切れの音(笑)が重なっています。また、後半は、病院が近くなので救急車のサイレン音も混じります。11秒、49秒、1分30秒、2分25秒くらいに「ホホー、ホッホッホ」と聞こえるのがお分かりでしょうか?分からなければ、ヘッドフォンで最大音量にてお聞きください(笑)。
写真は、Wikipedia の項目から。都市近郊にも生育してるんですね。それと、これからは、連れ合いの言うことはなんでも信用します(笑)。

スペイン語学習(その 9)- うちの犬はあまり走りません

ある、FB友は、スペイン語ラジオ講座は、応用編を聴いておられるようだ。私も、ボツボツではあるが、その応用編をも学習するようにはしているが、なにしろ基礎がない身、だんだんついて行けなくなってしまった。ここは、奮起して、基礎編も再履修とゆく。4月段階では、幸いなことにそんなに difícil ではない。犬の散歩のついでに、MP3プレイヤーからでも耳に入ってくる。今は、動詞現在形の人称変化である。ある日の散歩で、

Nuestro perro no corre mucho.

correr(走る)は、三人称単数で、corre
うちの老犬は、首輪を引っ張らないと、前へは進めない!

うーん、犬の介護対策も深刻だ!

Nuestro perro


5月12日の診療

*病児保育「まつぼっくり」は土曜日もあって、一人だけ。一頃の感染症の隔離室保育に四苦八苦していたのが嘘の様。
*そのかわり、午後の診療は、IPV(ポリオ不活化ワクチン 写真)接種の子どもさんで一杯。20人以上筋肉注射したかなあ。IPV ではないが、別の予防接種の時、固定に力を入れたため、左腕が軽い腱鞘炎になってしまった。おかげで、「腕の上がらない」医者とは笑えぬ冗談、トホホ…

不活化ポリオワクチンの注射

不活化ポリオワクチンの注射


立山に咲く黒百合は呪花

あんまり、こどもの日に似つかわしくないタイトルだが、以下、昨日の黒百合がらみで、泉鏡花の小説の感想めいた旧文を引っ張りだした。
 
「黒百合は恋の花、愛する人に捧げれば、二人はいつかは結びつく」という「君の名は」で使われた「黒百合の花」は、アイヌの伝説に拠る。

土地の口碑こうひ、伝うる処に因れば、総曲輪のかのえのきは、稗史はいしが語る、佐々成政さっさなりまさがその愛妾あいしょう、早百合を枝に懸けて惨殺した、三百年の老樹おいきの由。

黒百合

こういう書き出しで始まる鏡花の「黒百合」(青空文庫で公開されている)の舞台は、越中富山市内と立山山麓。佐々成政は、冬のザラ峠(立山と五色ヶ原の間にある鞍部、小説中、「黒百合」が咲いているとされた、「湯の口」の旧立山温泉を経由し登ってゆく。現在この道は廃道になっている。峠のむこうがわの道には、平の渡し小屋が現存している。)を越え徳川家康に援軍を乞いに行った事で有名な戦国武将。早百合は、その遠征中に密通の疑いをかけられ「もし、立山に黒百合の花が咲いたら、佐々家は滅亡するであろう」との予言を残し、無念のうちに死んでいった。言葉通り、後に成政は、豊臣秀吉により肥後一国を与えられたが、国人の反乱に会い、その責任で切腹させられた。その時、立山には黒百合が咲いていたと言う。そんなバックグラウンドで、黒百合の花は、否が応でもそのミステリアスな雰囲気をかもし出す。
その花を知事令嬢のふとした気まぐれから、花売りの娘お雪ら、探し出す登場人物たち。お雪の周りは、悪人ばかり、あの人までもが…「勧善懲悪」ならメデタシメデタシなのだが、鏡花はそんな筋立てにくみせず、一種の悪漢ピカレスク小説ロマンとして組み立てている。
若い頃、立山で、夏のバイトとして、山岳診療所を手伝うかたわら、ザラ峠から南に行った五色ヶ原で、ゴミを捨てる穴掘りをしていた。(現在は、山のゴミは必ず、下界へ降ろすことになっている。)そこは立山でも有数の黒百合群生地であると聞いたが、なかなか見つからず、群生とはいかず、岩陰いわかげひそかに咲く、黒百合を見ただけだった。作品中にあるように、色は黒というより、濃い紫の花である。真っ黒な色を、早百合やお雪さんの白さで少し和らげたせいかもしれない。最近は、鉢植えの黒百合も見かけられるようになった。

2005年4月16日記


庭の花四題(後)

    黒百合

  • その(三)黒百合
庭に黒百合が花をつけた。数年前に連れ合いが球根を植えたらしいが、花が咲くとは思えなかった。もう三十年以上前になるが、立山の五色ヶ原で出会ったのが、最初だった。決して目立つ花ではなく、どこか岩陰にひっそりと咲く寂しげな印象だったことを覚えている。
先日、NHKBS で映画「君の名は(第一部)」を観た。残念ながら、第二部は録画できなかったが、映画好きの母が、北海道観光案内ともいうべき第二部を観たらしく、主題歌の「黒百合の歌」を好んでいた。中学生になった頃、急に思い立って、そのロケ地で、憧れの観光スポット、美幌峠まで連れてゆかれた。当方は、思春期に差し掛かる時なので、母との旅行は、正直気が向かなかったが、Youtubeの動画にあるように、「映画では、佐田啓二演じる後宮春樹はここを馬車で通ったんよ」と言っていたことを思い出す。

Youtubeでの黒百合の歌

FB友によると、石川県の郷土の花として指定されているとのこと。もう一度、白山にも黒百合を見にゆきたいと思っている。
  • その(四)クリスマスローズ

クリスマスローズ

花が似ていると、FB でコメントをいただいた黒百合の後ろにクリスマスローズも咲いていた。Wikipedia によるとヘレボルス(Helleborus)と呼ぶそうで、多くの品種があるようだ。また、「花に見える部分は植物学上では「花」ではなく「がく片」という部分である。そのため「鑑賞期間」が比較的長い。」そういえば、クリスマス頃からずっと「花」をつけていたわけだ。我が家のローズは、どの品種に当たるのだろうか?
あす、5月5日の泊原発停止で、日本のすべての原発がストップするのを待ちかねたように、花々は咲き誇っていた。

庭の花四題(前)

  • その(一)エビネランとシクラメン

シクラメンとエビネラン

数年ぶりにたくさんの花をつけたシクラメンも見事だが、その前にあるのが、エビネの花。蘭科の植物で、野生のは準絶滅危惧種だそうだ。(Wikipedia)蘭科だけあって、清楚だが、気品高い?
  • その(二)クレマチス

クレマチス

毎年、一つか二つ、花をつけるようだ。クレマチスにちなんで、以前書いた文章から…
今は、ベット上で「寝たきり」になってしまった、Fさんの部屋の窓辺に、こぶりのクレマチスの花が咲いていた。幸田 露伴は、「 花のいろいろ」(青空文庫PDF)で、

鉄線蓮
てつせんは、詩にも歌にもわすれられて、物のもやうにのみ用ゐらるゝものなるが、詩歌に採らるべきおもむき無きものにはあらじ。籬などに纏ひつきつ、風車のようなる形して咲き出でたる花の色白く大なるが程よく紫ばみたる、位高く見えて静にかすかなるところある美はしきものなり。愛で悦ぶ人の少きにや、見ること稀なり。心得ず。

Fさん宅の窓際に咲いていたクレマチス

でる人の少なきを嘆く。「鉄線てつせん」とは、厳密には、別種の花らしいが、今ではクレマチスとして知られるようになった。日本原産の「カザグルマ」が世界の花と交配されて出来上がったものらしい。通常は、六枚ないし八枚の比較的大きな花弁が、一株に数個咲くが、小型の花を密集してつけるのもある。紫と白のクレマチスの鉢植えが、喫茶店の店先に飾ってあったが、いつの間にか片づけられてしまった。
以前は、Fさんもリハビリのため、クレマチスのある窓辺の手すりにつかまって、外を見ておられた。ちょっと筋力が弱って、そこまでいかないが、いつの日かまた、窓の外からも、花の横からFさんの顔が見えるようにと願っている。
花言葉は「精神的な美しさ、旅人の喜び」で、露伴の思いに似る。
以上、2005年4月22日記とあるが、Fさんはもう、いない。

樋口一葉「にごりえ」に関する旧文

先日、井上ひさしの芝居「頭痛肩こり樋口一葉」について書きましたが、5月2日は、一葉の生誕140年だそうです。赤旗文化欄4月27日に、その記事が載っており、FB友がスキャンされていた(上写真)。ここでは、その一葉に因んで、以前書いた駄文を掲載しておきます。
「薄倖の女流作家」と言えば、樋口一葉を置いて、ほかを語れないだろう。(当時の)新札の肖像画登場で、一葉ブームだと思うが、本当に分かって読まれているのだろうか。かく言う当方も以前一回読んだだけでは、とうてい分からなかった記憶がある。文語体でのフィルターもあろうが、特に「遊郭」を舞台にしたこの作品や「 たけくらべ」は、ちょっとした道具立てなどピンと来ないのではなかろうか。加えて、「にごりえ」はちょっと謎めいた作りになっている。この濁った絵という世界の中で、芯の強さもあった主人公お力も何か投げやりの印象を受ける。前田愛も「近代文学の女たち-『にごりえ』から『武蔵野夫人』まで-」(Amazon)で言うように、最後のお力と源八は無理心中か、合意の上での心中かというのが釈然としない。様々な人々の噂話を書き連ねることで、樋口 一葉は、お力の心の奥底の悲劇を描いたのであろう。
鯛よし百番(1)と一葉作品を理解するためというわけでもないが、まだその面影を残している「鯛よし 百番」という料亭に家族で見学に出かけた。「百番」のある飛田新地は、樋口 一葉の描いた明治期のそれではなく、時代は少し下って大正年間に出来た所だ。なんでも、古い遊郭街が火事で焼けたので、刑場跡に作られたという。昔は番屋があった大門を通り抜け、今も「殷賑を極める」とも言える飛田界隈を歩き、もちろん今は普通の料亭になっている「百番」に一歩中に入ると、建物全体が「伎楼」としての昔を彷彿とさせられるし、周囲の景色と相まって、大正初期にタイムスリップしたようである。(写真は、「百番」内部)

鯛よし百番(2)

外観は、木村荘八画の「たけくらべ」絵巻のうち、酉の市で賑わう吉原遊郭の姿によく似ていると思った。ひょっとしたらお力や「たけくらべ」の美登利も顔を出しそうな雰囲気であった。

2005年3月2日記