月別アーカイブ: 2015年5月

二冊の本とチベットの旅(1)

51HNfoNPSeL 日本の宗教者(特に明治時代)にとって、西蔵(チベット)は、明治以降、とても引き寄せられる国だったようだ。河口慧海からはじまって、浄土真宗本願寺派(西本願寺)の門跡、大谷光瑞の命を受けてチベットに入国した青木文教もそのひとりで、「秘密の国 西藏遊記」を著している。

 

 

また、河口慧海の足跡を追ったのが、根深誠「遙かなるチベット・河口慧海の足跡を追って」

2冊の本に付かず51141MNCVDL離れず、チベットでの旅の写真などを紹介する。

まずは、iPad で撮った写真から(ラザ上空、ラサ・ポタラ宮など)

 

 

 

 


師曰く(11)

シュテファン・ツヴァイク

シュテファン・ツヴァイク(Wikipedia http://bit.ly/MFURdo)より


エラスムス先生およびツヴァイク先生曰く
「もっぱら彼女、妄想の施物をするストゥルティティア(痴愚神)だけが、人を幸福にすることができる。およそ人間は、盲目的にその情熱にすがればすがるほど、非理性的に生きれば生きるほど、幸福なのだ。なぜなら、沈思や自責は、すべて魂を暗くする。悦楽はけっして明晰と賢明のうちにはなく、つねに陶酔のうち、耽溺のうち、妄想のうちにある、あらゆる真の人生には一つまみの痴愚がつきものであり、公正の人、明察の人、情熱に屈服しない人はけっして正常な人間を現さず、一種の異常型にすぎぬーー『人生において愚かさに見まわれた人だけが、真に人間の名に価いするのでございます。』」
ツヴァイク「エラスムスの勝利と悲劇」
大阪市住民投票が終わって2週間、いまだに浪速のまちには痴愚神が跋扈しているようだ。
■これが「痴愚神」の女神

「痴愚神礼賛」の挿絵


貼り付け2つー大阪市住民投票を終えて(4)

まず Youtube から
”ラモー・新クラヴサン組曲から第4組曲第5曲・ファンファリネット, ca.1728:この曲はチェンバロ(フランス語でクラヴサン)のために書かれたもの­で、「小さなファンファーレ」の意味があります。演奏に際しては、随所に出てくる細か­い装飾音符に注意し、ファンファーレのように高らかな気持ちで弾きこなすといいでしょ­う。”

そして、藤井聡さんのFB投稿貼り付け
大阪都構想騒動、今こそ「事後検証」が求められています。
From 藤井聡@京都大学大学院教授
大阪都構想が否決されて一週間以上が経過しました.
その間,「都構想の否決」以上に,マスコミ,ネット界隈を騒がせたのは,「橋下氏の辞任」という「ふわっとしたネタ」でした.
大阪市の存亡をかけた凄まじい問題であったにも関わらず、何とも絶望的な気分になってしまいますが,そもそも橋下辞任という話は,今回の都構想の住民投票とは何の関係もない話。その関係の無い話に政治生命をかける宣言されたのは橋下氏個人だったという点は忘れてはなりません.
一方で,橋下氏個人のネタに比べれば,今回の「都構想騒動」について総括するような言論は,極めて不十分です.
これは大変に由々しき事態です.そもそも都構想が通っていたら,当方が繰り返し主張してきたように,
・大阪市民の自治は失われて大阪市はつぶされて大阪はダメになり,
・関西の地盤沈下が加速し,それを通して,日本が破壊される
という超絶な危機に直面していたのです.同時に,
・あらゆる反対意見をデマと断じつつ公権力を使って弾圧し,
・ウソで固めたプロパガンダを繰り返して政治的目的を達成する
という,あからさまな「ルール違反」でもって実際に政治が動いてしまうことを通して,日本の自由民主社会そのものが深刻な危機さらされる,という事態にも私たちは直面していたのです.
つまり,今回はたまたま大阪,そして日本の政治経済が直面していた深刻な危機が回避されただけで,ちょっとした条件が変わっていれば(なんといっても票差は1万741票,0.8%弱しかなかったのです!),深刻な被害が私たち日本国家にもたらされていたに違いないところまで立ち至っていたわけです.
それはいわば超大型台風が上陸し,数十兆円もの経済被害と数万人という死者がでかねない状況下で,いくつかの幸運と担当者の懸命の努力によってギリギリのところで災害が防がれた、という様な状況です。
こんな時,防災担当者は,台風が過ぎ去った後に何も考えずに日常に戻るようなことは絶対にいたしません.まっとうな者は皆,今回たまたま災害を防げた事を神に感謝しつつ,自分たちの防災システムの強靭性を真剣に
「検証」
するのです.そうした徹底的な検証があってはじめて、「次」の台風に備えて一体何をすべきかが見えてくるわけです。さもなければ同じような台風が訪れた時には、今度こそ想像を絶する災害が発生することにもなりかねないからです。
これはリスク管理、あるいは、強靱化対策における常識中の常識。
だからしばしば,
「もう終わったことなんだから,とやかく言うなよ。未来を考えようぜ。」
というような意見を目にすることがありますが、それこそ「今」の気分だけを重視して「未来」を無視するトンデモ無い意見。大阪の未来、日本の未来のためにも、今回の橋下維新による都構想騒動とは一体なんだったかの「徹底的な検証」が強く求められているのです。
・・・・ということで、ここでは早速、その皮切りとしていくつかの点について簡潔に検証してみましょう。
第一に、「都構想」というものが、トンデモない代物だったという事を政策論的に改めて確認することが必要です。
しかし、その論証は既に終わっていると言って良い状況にあります。例えばこちらを、改めて確認いただければ,もうそれだけで、「○○都構想」をやろうなどという、くだらない政策論が生ずる「リスク」は最小化されるのではないかと思います。
「大阪都構想の危険性」に関する学者所見
第二にそれにも関わらず、橋下氏は、徹底的なデマやウソを効果的に喧伝しながら、都構想を無理矢理に進めようとした、という事実を明らかにすることが必要です。
例えば「二重行政を解消して大阪を豊かにする」ことなど不可能だという事は、橋下氏本人がかつて認めている事を窺わせる発言をしていたにもかかわらず、
2014.7.4【橋下市長会見詳報】「それはあなた(記者)の主観だ…僕の価値観は(都構想の)財政効果に置いていない」
TVCMで連日そのセリフが繰り返していました。
(たとえば Youtube
あるいは、橋下氏は都構想のリスクを指摘する意見をことごとく「デマだ」と、根拠も無く断じ続けました。
2015.5.2【大阪都構想】「全部デマ」「偽装表示」橋下氏ら街頭PR
この橋下氏の発言が「デマ」であることは明白です。例えば、当方が指摘した「7つの事実」はいずれも、ありとあらゆる「賛成論者」の批判にさらされましたが、100日を経てもなお、何人たりとも「論理的に否認」できなかったものであり、「事実」と言わざるを得ないものだったのです.この一点をとってみても、「全部デマだ」と断じ続けた橋下氏はデマを言い続けていた事は明白です。
つまり橋下氏は有権者を「いつわり、あざむこう」としたと考えざるを得ないのです。そしてこの「いつわり、あざむく行為」とは、広辞苑によれば「詐欺」と定義されていますから、
「橋下氏は『詐欺』を働こうとした」
と解釈する他ないわけです(もし筆者のこの結論が誤りだと主張したい方がおられるとするなら、筆者のこの論証のどこに誤りがあるのかを、是非ともつまびらかに論証いただきたいと思います)。
いずれにせよ、この第二の検証点を確認しておくことは、もう二度と「政治家のウソ」に騙されないようにするために、極めて重要だと考えます。
第三に、そうした橋下氏の「詐欺」に多くの大阪市民や公衆が「騙されてしまった」のは、「改革だ!」と言えば無条件によいものだと考えてしまう風潮がここ20年ほど我が国を支配しているからに他なりません。
橋下氏は、そうした世間的風潮に便乗したというわけです。ですからこの詐欺は、
「改革詐欺」
と呼ぶべきものと言えるでしょう。
橋下江田改革、小泉竹中改革、そして民主党の事業仕分けは全て、そういう「改革詐欺」の系譜であり、今回の都構想もまた、その系譜にきれいに乗っていると考えることができます。
もう二度と、「改革詐欺」に日本国民がひっかからないためにも、これから多くの国民は、「改革詐欺」のリスクを常に念頭においておくべきであると考えます。
(※ 例えば,いきなり「総合区」の議論が大阪では出てきていますが,これもひとえに「改革詐欺」についての検証と反省が不十分だからに過ぎません.
そもそも総合区にもさまざまな考え方があり,かつ,別にこれが最高だというわけでも何でもないのにいきなり今取り沙汰されているのは,なんでもいいから変えることが良いという風潮があるからに他なりません.
大阪を豊かにするために,改革なぞよりも先にせねばならぬことは山ほどあるのです.例えば,筆者の『大大阪構想』は,総合区であろうとなかろうと,十分に遂行可能です.
改革を叫ぶ前に,最善の対策を考える思考パターンを私たちは身につけねばなりません.)
第四に、橋下氏達は、「都構想を通す」ためにウソをついただけではなく、批判的な人々を黙らせるために、法律すれすれの振る舞い、あるいは法律の一線を明らかに越えた言論封じ、言論弾圧を行ったという事を忘れてはなりません.
その典型的な事例は、(客観性を保つべく、あえてこう記載しますが)「某国立大学教員に対する徹底的な言論弾圧」だったことは、本誌読者ならば周知の事実でしょう。
サトシドットコム
サトシドットコム
これは、日本の自由民主主義に対する、あからさまな敵対行為です。何と言っても,都構想に対して批判的事実について言及していた某大学教員をTVに出させないように求める圧力文書を,「維新の党」の松野幹事長名義で各TV局に送付していたのです.これは,当該言論人の「表現の自由」「基本的人権」を侵害するあからさまな憲法違反行為です.
こうした橋下維新の振る舞いを放置しておけば、我が国の政治もまた(世界中に存在する反自由主義的な国々の様に)「あらゆる権力の横暴」「テロル」が横行する恐怖政治へと、着実に、一歩一歩と接近していくことになってしまいます(そんな馬鹿なとお感じの方は是非、下記文書をあらためてご確認ください。まっとうな感覚さえあれば「空恐ろしさ」を感じざるを得ない公党文書です サトシドットコム サトシドットコム
第五に、こうした橋下氏の言論弾圧という「自由社会に対する挑戦」行為が,一部を除けば新聞,テレビ,雑誌,ネットジャーナル,あるいは,国会・議会等でほとんど問題視されなかった,という事実も忘れてはなりません.
そもそも,維新の党の松野幹事長名義の圧力文書が在阪TV各局に送付されてから週刊誌にそれが暴露されるまでの数週間の間,TVの報道部はその事実を隠ぺいし続けたのです.その文書が憲法違反であることがほぼ明白のものだった点も踏まえるなら,これはTV局が公権力者の言論弾圧に屈していたと言わざるを得ない構図にあります.
この第五の事実は,日本の自由社会を守るために,つまり,日本の言論の自由,報道の自由を守るために何が求められているのかを考えるうえで,極めて重要な意味を持ちます.
……
以上,ここでは,今回の大阪都構想という「改革詐欺」を、簡潔に事後検証いたしました.
ここで挙げた検証点以外のものも多数あると考えられますし,それぞれの論点についてもさらに掘り下げることも必要ですが,まずは,その第一歩として本稿を公表させていただいた次第です.
是非とも皆様,今回の様な「改革詐欺」リスクを最小化し、この様な騒動を二度と起こさない様にするためにも、それぞれお立場からこうした検証やその社会的周知にもご協力いただけますと、大変ありがたく存じます。残念ながらマスメディア等、本来動くべきところが動かないとするなら、気づいた人が気づいた事からやり始める他にありません。
どうぞよろしく,お願いいたします.
PS
そして思想的には、今回の騒動が如何に、おぞましき「全体主義」構造を有していたのかを明らかにすることは極めて重要であると考えます。
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高村薫「李歐」の漢詩

成都のホテルにあった諸葛孔明像

成都のホテルにあった諸葛孔明像

4月26日から5月5日の間の主にチベット旅行の間に高村薫作「李歐」を読み終えた。初めての中国旅行、といっても上海・北京は空港で素通り、成都では一泊のみだったので、本来の中国はかいま見た程度であった。その中国を小説の「ヒンターラント」としているのが、小説「李歐」。小説そのものの解説や感想はいくつか Web にもあるようなので略するが、いくつかの漢詩を引きその効果を高めている。ここでは2首(+1首)ほど…

・張謂「湖中對酒作
 夜坐厭わず 湖上の月
 昼行厭わず 湖上の山
 眼前の一尊 又長えに満ち
 心中万事 等閑の如し
 主人黍有り 万余石
 濁醪数斗 応に惜しまざるべし
 即今相対して 歓をつくさずんば
 別後相思うも復何の益かあらん
 茱萸湾頭 帰路はるかなり
 願わくは君且らく宿せよ黄公の家
 風光かくの如くして人酔わずんば
 参差として東園の花に辜負せん

・劉長卿「重送裴郎中貶吉州
 猿啼き客散ず暮江の頭(ほとり)
 人は自から心を傷ましめ水は自から流る。
 同じく逐臣お作(な)るも君更に遠く
 青山万里一孤舟。

杜甫「返照」(ドイツ語訳付き)はあまりにも有名なのでリンクのみ。

「非情な政治」に翻弄された登場人物たちに、これらの漢詩は、切ない感情をかきたてるが、一片の叙情を添えている。チベットでの写真などは、機会があれば投稿することにしよう。


「六甲颪(おろし)」の作詞者の苦悩

out153 先日、難波で「大阪都構想」反対の集会で、笑福亭竹林師匠の演説を聞いた。
「都構想がでけたら、阪神優勝するとでも言うんかい!」との一節に、隣りのおばちゃんがすかさず「無理やな!」とアイの手を打った。おばちゃんに「どっちが無理なんや」と尋ねたら、「都構想も阪神優勝も両方ともや!」との返事、大阪のおばちゃん、ここに健在なり 笑。阪神は、開幕直後は順調だったが、その後は徐々に調子悪くなっている由。
今日の赤旗の「朝の風」は。「六甲颪(おろし)」の作詞家・佐藤惣之助(Wikipedia)の話題。神奈川県川崎市出身なので、この程、市民劇として「華やかな散歩」(チラシなど)として上演されたそうだ。その芝居の中で、「六甲颪」を出征兵士と歌う場面は、今のご時勢だからなおさら心に残るだろう。観たかったなあ!画像は。2015年5月26日づけ、赤旗文化欄。


大阪市住民投票を終えて(3)

無知と孤立(後編)(新世紀のビッグブラザーへ)
無知と孤立(後編)(新世紀のビッグブラザーへ)
続 無知と孤立(新世紀のビッグブラザーへ)
老人の投票権剥奪し老人の老人による老人のための政治なくせという辛坊治郎氏や池田信夫氏らの大ウソ(Yahoo ニュース)
この記事をシェアしたH先生のご投稿に対するコメント
いつも、鋭いご投稿有難うございます。今後も大阪市住民投票の「敗者」のとんでもない「論拠」へのご批判はじめ「橋下維新政治」への論評をお願いします。住民投票後も片付かない問題は山ほどあると感じています。


大阪市住民投票を終えて(2)

共同の力 大阪市解体NO③ 青年、ひたむきに対話(新聞赤旗)
投票日(17日)の夜まで街頭で訴え続けた青年グループ「民主主義と生活を守る有志」(SADL=サドル)の活動を紹介
そのSADLの勝利報告集会
辛坊治郎氏に贈る大阪市の住民投票結果の分析(Yahoo ニュース・渡辺輝人)
住民投票後の「公共政策ラボ」(平松邦夫氏、内田樹氏、釈徹宗氏、薬師院仁志氏によるシンポジウム)
「ウソとのたたかいに勝つために」( 東芝弘明の日々雑感 )
希望の光となった「大阪都構想」否決 – 衆愚政治と独裁政治の果ての挫折(世に倦む日日)
論調は相変わらず鋭いし、住民投票後も続く、大阪以外の地ー特に東京ーとの今回の「都構想」をめぐる「温度差」にも言及しているのはさすがだと思うが、残念なことに、「大阪の人々は間近で見て十分に承知しているはずなのに、未だにこれほど高い支持と期待を寄せているという事実は、外からの視線ではとても理解できないことだ。」との感想には違和感を覚える。それは、結局のところ「温度差」を認めることであり、「シルバーデモクラシー」に負けたとするようなトンデモナイ「敗者」の負け惜しみと表裏一体であると思われる。
・適菜収さんのFB投稿
『先日共産党の先生と飲みに行ったのですが、そのとき話したのは、今回の騒動を民主主義の勝利と捉えると大きく間違うということです。一部では市民社会の勝利だ、民意はノーをつきつけた、と盛り上がっていますが、それは違う。
今回は、大阪市、そして日本にいるまともな人間が動いたから、ぎりぎりのところで悪の暴走を阻止することができたのである。橋下を封じ込めたのは、民主主義ではなくて、知性である。
橋下を生み出し、ここまで増長させたのも市民社会ではないか。民意を礼讃すると間違える。
しかも、今回は僅差で抑えた。これが通れば国が崩壊するところだった。
こうした問題を民意(つまり住民投票)にゆだねること自体が間違っているのであり、一度は議会で否決されたものを、ルールを無視した工作により復活させたわけで、これは議会主義の無視に他ならない。
デマを流し、言論に圧力をかける橋下の手法を放置したらどうなるのか。しかし、メディアの多くは、ひとごとのような対応。橋下を改憲に利用しようとしていたバカが官邸を乗っ取っているわけで、「愛国」とか言っている連中が「売国」に荷担したことはよく覚えておいたほうがいい。何を発言したのかもリストにしておいたほうがいい。
新聞で言えば今回きちんと見識を示したのは『赤旗』である。彼らは大阪を「保守」するために真剣に動いた。一方悪質な報道を続けたのは『産経』である。
結論。戦後日本の汚い部分が、一気に表出したのが今回の騒動であり、その危険性、本質をきちんと認識する人間がごく少数だったわけで、すでに日本は崩壊しかかっていると言っていい。』


貼り付け三つ

・2015年5月22日付「朝日新聞」天声人語より
 この人は手だれだ。慶応大教授の松井孝治(こうじ)さんは官僚時代、首相官邸に勤務していてそう感じたという。共産党の志位和夫委員長の国会での質問ぶりである。自身は保守、志位氏は革新と立場は異なるが、その力量はわかった▼今回も手だれぶりを見せたというべきか。一昨日の党首討論について、松井さんがフェイスブックに書いている。安倍首相は〈まさに志位氏の術数にはまり恰(あたか)も王手飛車取りに遭った如(ごと)き感がある〉と▼論題は首相の戦争観だった。志位氏は1945年に日本が受諾したポツダム宣言に触れ、先の戦争は間違っていたと認めるかとただした。首相は答弁した。「まだその部分をつまびらかに読んでいないので、直ちに論評することは差し控えたい」▼志位氏は宣言の個別の項目に言及した。細かい文言の記憶が首相になくても不思議はない。「手元に用意がない」などとかわす手もあったろう。しかし、「読んでいない」はいかにも具合が悪い。米英や中国の人々が聞いたら、どう思うだろうか▼ポツダム宣言は戦後の世界秩序の起点の一つだ。首相はそれも読まずに、「戦後体制(レジーム)からの脱却」を唱えてきたのかという批判が出たのは当然である。基本的な歴史の知識すら欠くのでは、と疑われても仕方がない▼本当に読んでいないのか、とっさに言葉を選び損ねただけなのか。参院議員や官房副長官も務めた松井さんは著書に書いている。「政治家は、言葉で生き、言葉で滅びる」。まして首相の言葉は重い。
・FB 投稿に対する高校同級生のコメントに対して
○○さん、貴重なコメントありがとうございます。橋下氏への評価など相当の距離があることを承知のうえで…今回の住民投票は、一般市民からみれば性急すぎる「改革」への不安ー自らの生活を奪われまいかーが、その結果としてあらわれたと思います。そしてそれは「既得権云々」と表現されるものと少し違うような気がします。私の関係する領域では、市民病院が、いくつもの代替案が挫折するなかで廃止されると聞いたら不安になるのは当然でしょう。「二重行政」の廃止で大病院へ統合するのは、統治する側は簡単かもしれませんが、地域住民や私たち町医者が望んでいるのはそんなことではない、急変しやすい子どもを数日でもよい、きちんと入院できる病院を残してほしい、そんな思いに橋下さんは丁寧に「都構想」で説明しなかったと思います。(実際、TMで聞き、Youtube で確認しましたが、まず自分の言葉に酔っている感じでした。)たしかにうまいし、その「煽動」で一定の支持は集まるかもしれませんが、それ以上にはひろがらないだろうと感じました。
思う所あり、FBはしばらく中止しようと考えています。またコメントを頂いても返信できないかもしれないことをご承知の上、今後よろしくお願いします。

これに対して、同級生からは、は丁寧な再コメントを頂いた。

・Youtube より「オラシャヤーン! 日本語歌詞 On lâche rien, version japonaise 」




「On lache rien!あきらめない」の日本語訳です!