月別アーカイブ: 2016年7月

夜明けの雷鳴

幕末と明治の二世を生きた医師・高松凌雲の原点は、パリでの万国博覧会に随行したおり、学んだフランス医学だったんだ。きっと「自由、平等、博愛」のフランス革命の精神が息づいているのだろう。それが、函館五稜郭戦争の時、敵味方なく医療を施した経歴や後の社会的弱者のための無料医療の取り組みにもつながっているんだ。それは、遠く現代の民医連の院所などで実施されている「無料低額診療」へと生かされてゆく。

日本において、フランス医学ないしそのバックボーンとしてのフランス思想の系譜は決して太いものではない。高松凌雲を魁として、中江兆民をその偉大な例外としつつ、遠く時代隔てて、加藤周一、加賀乙彦あたりに注いでいる。

吉村昭の歴史小説は、森鷗外の伝統を受け継いだとでもいようか、素っ気ないほど余計な筋立てや仕掛けがないのが好感が持てる

吉村昭「夜明けの雷鳴」

吉村昭「夜明けの雷鳴」

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遠い旋律、草原の光

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遠い旋律、草原の光は、ロシアの作曲家、カリンニコフの交響曲第1番をモチーフにした、ミステリないし恋愛小説。そのシンフォニーは、第四楽章の冒頭では、メイン(第一楽章)の主題が反復されるところを例えば作中では、このように表現、それは「風ノ色、水ノ音」だと言う。

第一楽章で流れたあの懐かしいメロディが、逝《い》ってしまった人の面影のように束の間現れるのだ。…
交響曲は終結部《コーダ》に入った。
行きつ戻りつしながらロシアの平原を疾走していた馬車は、ひときわ鮮やかな緑の叢《くさむら》をかき分けながら進む。草はしだいに深くなり、馬の四肢《しし》と車輪に絡みつく。…
一つの円。
ささやかな白いものに包まれ、音楽は静止した。

ある曲を表現する文としては、上質なものと感じはしたが、はたしてその本歌取りを除けば、ちょっと「感動」的なロマンスとポーの「黄金虫」を模した暗号解読というミステリしか残らない。その暗号(とまでは言えないが)の中から、主人公の持つペンダント内のキリル文字から

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これは解読は容易だろう。〇〇字ごとに文字を抜き出せば、誰でもはじめに習うロシア語文になる。答えは?
Youtubeで、交響曲第一番を含むカリンニコフの曲集がある。


ファシズムの誕生―ムッソリーニのローマ進軍

ファシズムの誕生―ムッソリーニのローマ進軍

最近、ドイツにおけるファシズム(ナチズム)の成立は、いくつかの新書版など出版も増えてきたが、イタリアでの事情はドイツより10年位先輩格であるにもかかわらず知られることもより少ない印象である。1987年出版の本書は、独裁者ムッソリーニの思想的には「社会主義者」としてデビューした彼の生い立ちから、その頂点というべき1922年の「ローマ進軍」までの丹念な「年代記」である。

イタリアというラテンの血の伝統なのか、その権力奪取の凄まじさは中途半端なものではない。また、ファシズムに抵抗する勢力も命懸けだ。

問題なのは、その反ファシズムの運動が、部分的にはグラムシなどの理論的な格闘はあったが、(イタリア社会党に対するコミンテルンの「指導」も今から考えるとめちゃくちゃである。)あらゆる局面で効果的であったかどうかであろう。現代日本の「右翼」的論調がムッソリーニと全く同質とは言わないが、多くの共通点がある以上、私たちに重くのしかかる課題である。

「アルトロ・ウィの勃興と没落」ではないが、ムッソリーニの没落も聞きたいところではあるが、著者の逝去でその続篇はかなわぬこととなった。その没落の年代記は私たち自身で書かなければならないのだろう。