2月26日の診察室

*インフルエンザの治癒証明書、保育園は必要でけっこうめんどくさい。時々、園から親がもらってこなくて、もう一度出直しということになりかねない。そんな時は、子どものおでこにスタンプを押すことにしている(嘘)。もっとも、最近は、電子カルテになり、「胸部レントゲン指示」などのスタンプ類が机から一掃され、押したくても、ものがない…
*今日のメディア逍遥

二・二六事件の東京

二・二六事件の東京


河合栄治郎「二・二六事件に就て」
今日は、77年前に日本に政治的「激震」が走ったその日である。ここでは、河合と「全部的に思想を同じくするものではない」ことを最小限度で留保しつつ、長い引用をする。昨年は、「彼の発言は、あまりにも今日的なそれであると思うからです。」と書いた。なお、付け加えるならば、昨年より今年、彼の遺した文がより切実に感じるのは、私だけだろうか?再び言う!「現代の河合、出でよ!」

青空ミセラス君PDF

〈〉内は発表当時は伏字!である。

「…数年来暴力の犠牲となった政治家は少なくないが、是等これらの人々が仆れたる時は、まだ反対思想が何であるかが明白ではなかった、従ってその死は言葉通りに不慮の死であった。しかるに五・一五事件以来ファッシズム殊に〈軍部〉内にけるファッシズムは、おおうべからざる公然の事実となった。しかして今回災禍に遭遇したる数名の人々はのファッシズム的傾向に抗流することを意識目的とし、その死があるいは起こりうることを予知したのであろう、しかも彼等は来らんとする死に直面しつつ、身をもってファッシズムの潮流を阻止せんとしたのである。筆者は之等これらの人々を個人的に知らず、知る限りに於て彼等と全部的に思想を同じくするものではない。然しファッシズムに対抗する一点に於ては、彼等は吾々の老いたる同志である。ややもすれば退嬰たいえい保身に傾かんとする老齢の身を以て、危険を覚悟しつつその所信を守りたる之等の人々が、不幸兇刃きょうじんに仆るとの報を聞けるとき、私はい難き深刻の感情の胸中に渦巻けるを感じた。
ファッシストの何よりも非なるは、一部少数のものが〈暴〉力を行使して、国民多数の意志を蹂躙じゅうりんするに在る。国家に対する忠愛の熱情と国政に対する識見とに於て、生死をして所信を敢行する勇気とに於て、彼等のみが決して独占的の所有者ではない。吾々は彼等の思想が天下の壇場に於て討議されたことを知らない。いわんや吾々は彼等に比して〈敗〉北したことの記憶を持たない。然るに何の理由を以て、彼等は独り自説を強行するのであるか。
彼等の吾々と異なる所は、ただ彼等が暴力を所有し吾々が之を所有せざることのみに在る。だが偶然にも暴力を所有することが、何故なにゆえに自己のみの所信を敢行しうる根拠となるか。吾々に代わって社会の安全を保持するために、一部少数のものは武器を持つことを許されその故に吾々は法規によって武器を持つことを禁止されている。然るに吾々が晏如あんじょとして眠れる間に武器を持つことその事の故のみで、吾々多数の意志は無のごとくに踏み付けられるならば、先ず公平なる暴力を出発点として、吾々の勝敗を決せしめるにくはない。
或は人あっていうかも知れない、手段に於て非であろうとも、その目的の革新的なる事に於て必ずしもとがめるをえないと。然し彼等の目的が何であるかは、いまかつて吾々に明示されてはいない。何等か革新的であるかの印象を与えつつ、而もその内容が不明なることが、ファッシズムが一部の人を牽引けんいんする秘訣ひけつなのである。それ自身異なる目的を抱くものが、夫々それぞれの希望をファッシズムに投影して、自己満足に陶酔しているのである。只管ひたすらに現状打破を望む性急焦躁しょうそうのものが、くべき方向の何たるかを弁ずるをえずして、さきにコンムュニズムに狂奔し今はファッシズムに傾倒す。冷静な理智の判断を忘れたる現代に特異の病弊である。

今や国民は国民の総意か一部の暴力かの、二者択一の分岐点に立ちつつある。此の最先の課題を確立すると共に社会の革新を行うに足る政党と人材とを議会に送ることが急務である。二月二十日の総選挙は、れ自身に於ては未だ吾々を満足せしめるに足りないが、日本の黎明れいめいの総選挙より来るであろう。黎明は突如としてき起これる妖雲よううんによって、しばらくは閉ざされようとも、吾々の前途の希望は依然として彼処そこに係っている。
此の時に当たり往々にして知識階級のささやくを聞く、此の〈暴〉力の前にいかに吾々の無力なることよと、だが此の無力感の中には、暗に暴力讃美さんびの危険なる心理が潜んでいる、そして之こそファッシズムを醸成する温床である。暴力は一時世を支配しようとも、暴力自体の自壊作用によりて瓦壊がかいする。真理は一度地にまみれようとも、神の永遠の時は真理のものである。此の信念こそ吾々が確守すべき武器であり、之あるによって始めて吾々は暴力の前に屹然きつぜんとして亭立しうるのである。」

初出:「帝国大学新聞」1936(昭和11)年3月9日発行


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