忘れられない日
義理チョコに対して、義理返しではありませんが、昨晩はそのお返しの品を近くのコンビニで選んで、病床の横で一晩明かしました。朝には、診療に出かけましたが、途中で呼び出され、また病床に帰ってきました。覚悟していたとはいえ、とうとう今日が忘れられない日となりました。
以下、葬儀の最後に述べた挨拶です。
昨年8月、あの猛暑のさなか、体調を崩し、入院後、お医者さんから病名を告げられたときは青天の霹靂でした。戦前、戦中、戦後の日本の厳しい時代を自分の生涯として、持ち前の明るさで生き抜き、子どもを生み育てた、母親にそんな病魔が潜んでいようとは思いもよりませんでした。それから、7ヶ月はあわただしく過ぎてゆき、今日ある日を覚悟していたとはいえ、やはり悲しい気持ちです。医療・介護スタッフ、友人やご近所の皆様のおかげで少しは充実した最期のひとときをすごせたことが大いに慰めでもあります。孝行らしい事をしたかと言えば、心残りは多々あり、慙愧に絶えませんが、またパスポートを更新し、もう一度の外国旅行をと懸命に病気と戦った母親の子どもであることを誇りに思い、感謝の気持ちでいっぱいです。
最期の言葉が「花で飾ってにぎやかに送ってや!」でした。「にぎやかに」とはさすがにいきませんが、「晴れ女」といつも言っていたとおり、今日の晴天の下、新しい旅立ちを見送ることができそうです。きっと来世では、夫や父や母、また戦死した兄、幼い日に亡くした女の子などと再会し、とわに楽しい日々を送ることでしょう。
末尾ながら、皆様方の生前のご厚情に、故人に成り代わりまして、深くお礼もうしあげます。
晴れ渡る弥生の空の彼方へと旅立つ母の微笑みし顔
以上の挨拶を元に、母の知人へのお知らせの葉書を作りました。(お知らせ葉書 PDF版)
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