懐かしき生家

わが生家跡

身内の結婚式もあり、4月と5月は京都へでかける機会が多かった。そんなある日、ふと気が向いて五条通り近辺の生家近辺まで足を伸ばした。数年前までは、地上げが横行していたと聞いていたので、もう取り壊されたかもしれない、そんな思いで、子どもの頃遊びなれたドンツキの路地を入ってゆくと、昔ながらの京都特有の町家が見えてきた。さすがに60年前と同じ姿とはゆかないが、格子戸などを直したくらいで、昔とあまり変わらない長屋の一軒があった。向かって右となりが、洋服屋で、大学卒業のさいにスーツを一着作っていただいたのを覚えている。表札は同じなので、今も営業しているのだろうか?確かめるすべもない。その頃生家は、狭いながらも祖父母、父母、叔母などが住んでおり、2階への階段の所で寝る前には必ず叔母に「また、明日遊ぼな」と言っていたそうだ。しかもその言葉がうまく言えず、「あぼぼな」となり、何度も叔母に言い直しを命じられたことを母から聞いた。祖母が越してからは、それぞれに京都を去り、今は、もちろん、まったく縁のない方の表札である。路地の角には、たしかポンプ式の井戸があったように記憶しているが、今はコンクリートで固められていた。騎馬のようにして乗りかかって遊んだ石柱のみが当時のままだ。その石柱を撫でるようにして、生家がある路地をあとにした。

松原商店街

帰りは、京都を離れた後に祖母宅に遊びに行った際に買い物に連れていかれた松原商店街にも立ち寄った。当時は賑やかだった町並みもシャッターを降ろした店も多く少し寂しい気もする。商店街の中ほどに小さな神社があったが、義経と弁慶が初めて邂逅した場所がここなのだろうか?

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