中井正一『土曜日』—1930年代、良心のブログ(その 2)

Happy New Year ! は、まだ少し早いが、ボツボツ医療生協機関紙 1月号の原稿を考えなければならないのだが、新年に限らず、この時候の挨拶がきわめて苦手である。たしか「徒然草」に、「かくて明けゆく空のけしき、昨日に変りたりとは見えねど、ひきかへめづらしき心地ぞする。」と元旦の朝を評した文をネットで探したが、後が続かない。一応、これも使うにしても、先日紹介した中井正一『土曜日』巻頭言の正月に書いた分を書き出して、材料にしよう。

正月の気分は遠い追憶に似ている

昭和十二年一月五日

 一九三七年が全世界に一様に来ることは何でもない様だが、人間全体に一様の親しい感じがするものである。「元旦や昨日の鬼が礼に来る」といった様に、年の始めは対立感情がフトなくなる日である。
 一体お祭りとか騒動は人を結びつけるものである。東京震災のとき『ロンドン・タイムズ』は、「かかる災害にあって、人間は文明のヴェールがいかに薄いかを知る。日本は今やS・O・Sをかかげるべきである。全世界は直ちにこれを救いに行かなければならない。」と書いた。米国からは食糧や毛布や靴や義援金を積んで軍艦が全速力をもってやって来た。
 そこには何の私心も有り得ようがない程の咄嗟の事であった。これがあたりまえの人の心であり、これでさえあれば何の悲しみも怖れも、この三十七年度にはないわけである。
 文明のヴェールはいつでも人間にとって薄いのだし、全世界の人間は、只でさえ、そう楽に生きてはいないのである。東京震災のあの瞬間に全世界にあたえたショックの様な気持が永く続いて呉れさえしたら、我が世は永遠の正月気分なのである。課長も社員も、やあおめでとうといった様な正月気分でいられたらどんなにいいかと思わぬ人はあるまい。
 しかし、救いに来たその軍艦が東京震災位いつでも再現できることを、気づきはじめると、我が世の春も酔がさめる感じがする。
 文化というとむつかしい様だが、この正月気分の様に、人間が瞬間ホッと本然の自分にたち帰った気持と行動を、いろいろ分析し守り育てることなのである。
 その本然の姿とは、それに帰ろう、それに帰ろうとしている人間の失った故郷である。歴史の幾千年もの過去は、その本然の姿の中に生きていたのに、いろいろな機構が人間をそこから引離し、追出し、追放したのである。
 此に反して、人間が出来たとか、しっかりして来たということ、この素直な心を曲げて歪められた世界観で塗り固め、一つの疎外された世界観でガッチリ凝固まる。その事は口には言わないが、実に淋しい影を人間に与えた。
 正月とかお祭りとか騒動、又は物想うとき憩うとき、この凝固った殻を破って、それを溢れて、遠い遠い想出とか懐郷の気分が、平和と自由と協力の懐しさが込みあげて来るのである。抑えた真実がその姿を包みきれないのである。
 今年も、週末の何れの日をも、この真実を解放する憩いと想いとしようではないか。


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