坂口安吾「復員殺人事件」

角川書店, 1977.10 , 309p. 角川文庫絶版

以前はよく「車中読書」には、推理小説を読んで、長編なら、数日のうちに、短編なら、その時の「犯人あて」に興じていました。英米の「古典」では、当方の稚拙な推理では「歯がたたない」ものばかりでしたが、肩透かしを食っても、その事がかえって楽しませてもらった読後感でした。残念ながら、日本の推理小説、とりわけ戦前の「探偵小説」や現代の「新本格」では、設定がおおげさで鼻につく事が少なくなく、敬遠していました。その中では、坂口安吾の「不連続殺人事件」は、謎解きもすこぶる現実的、論理的であったことを覚えています。そのせいか、「犯人あて」とその過程の立証は当たった数少ない推理小説でした。坂口安吾は、以前、「一日一言」という岩波新書に、

 法隆寺も平等院も焼けてしまって一向に困らぬ。必要ならば、法隆寺をとりこわして停車場をつくるがいい。我が民族の光輝ある文化や伝統は、そのことによって決して亡びはしないのである。

という一節があり、いささかブッソーな事を言う作家だという印象を持っていました。1942年当時の発言だそうで、考えれば、「軍国主義」一色だった時代の非合理に対して、合理主義、現実主義者としての彼独特の精一杯の抵抗とも取れます。そんな、暗い谷間には、英米の「本格派探偵小説」を読みふけっており、その延長線で、終戦後、推理小説として長編二作と若干の短編を書いています。

以下、ネタばれぎりぎりに書いている部分があり、自分の推理にこだわりたい御仁は読まないでください

もう一つの長編「復員殺人事件」を書棚から引っ張り出して、改めて読みました。この作品は、彼の生前には完成せず、安吾執筆分を「問題編」と読むこともできますが、「樹のごときもの歩く」と題して「解決編」が、推理小説作家の高木彬光氏によって書かれており、実質的には二人の合作です。そこで、「問題編」のみで、当方なりの推理をしましたが、部分的には「解決編」と合致しましたが、単独犯としか考えようがなかったのが、大きなハズレでした。また、「解決編」では、前半には出てこなかった人物の登場などアンフェアな面もありますが、他人の作品を書き継ぐという難しさを割り引けば、「解決」にも納得はしました。他の坂口安吾全集本の解説で、坂口も当方と同じ犯人としていたらしいことを知り、ちょっと愉快でした(^^ゞ

今年初頭に、坂口安吾の著作権保護期間が切れたので、「青空文庫」でも、「電子テキスト」という形で公開されています。これを機会に、安吾独特のファルス(=笑劇)の世界を堪能するのも一興だと思います。

最後に、この本を読むと、「問題編」では、ヴァン・ダイン「甲虫殺人事件」、「解決編」では同じく「グリーン家殺人事件」、坂口安吾「不連続殺人事件」のネタばれ、ないしそれに近い部分がありますので、ご注意申し上げます。なお、以前のブログに書いた追加投稿は以下のとおりです。

 追加として、彼の探偵小説観がよく表現されていると思われるので、坂口安吾が「不連
続殺人事件」の「犯人さがし懸賞」正解者選後感想で述べているところを引用します。

人間性を不当に不合理に歪めて、有りうべからざる行動を実在させそれを、合理的に解けと云ったって無理である。私は、全世界の探偵小説の九十九パーセント、否、九十九、九九パーセントぐらいが不合理なものだと思っている。犯人の間違った答案(「読者への挑戦」への解答)の多くは、消去法を用いられているが、なるほど探偵小説は、現実の犯罪と違って、登場人物が三十人なら、その三十人の仲に必ず犯人がいるのであるから、消去法というものが、一応最も便利で、有効に思われる。ところが、消去法による限り、必ず犯人は当たらない。
いわば探偵小説のトリックとは、消去法を相手にして、それによる限り必ず失敗するようにつくられたものである。消去法によると、まっさきに犯人でなくなってしまうような完全なアリバイを持つ人物が、実は犯人であるという、そこにトリックがあり、探偵小説の妙味があるのである。然し、従来の探偵小説の多くは、このトリックにムリをして、そこで人間性をゆがめ、不合理な行為や心理をムリヤリにデッチあげて、又、作者も読者も、探偵小説のトリックはそういうものだと鵜呑うのみにして疑っていないのだ。

私が犯罪心理の合理性というのは、こうした人間性の正確なデッサンによるものをいうのであって、探偵小説を愛読して、人間性、合理性という点で裏切られるたびに、ひとつ自分で、ケンランたる大殺人事件を展開させ、犯人の推定をフンキュウさせながら、人間的に完全な合理的な探偵小説を書いてみたいと思うようになった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>