井上ひさしが残してくれたこと

こまつ座旗揚げ公演ポスター

あれは、もういつのことだったか、東京に何か用事で出張に行っていた時だろう、新宿の街を当てもなくぶらついていると、芝居の切符を差し出す男の人に出会った。なにしろ「おのぼりさん」故、最初は、押し売りかと警戒したが、「都合で観られなくなり、遠慮なく使ってください」との親切さが伝わってきたので、遠慮なくいただいた。会場に行くと、「もぎり」(芝居で切符切りのこと)の女性がずらっと立っている。パンフ売りや案内係りも女の人ばかりだった。しかも、テレビかどこかで見たような方が近づいてきて、「井上です。ようこそお越しいただきありがとうございます。」と握手していただいた。その人が、前夫人、好子さんであったことは、後で知った。ともかく、スタッフがすごく芝居を盛り上げようとしていた雰囲気を感じたが、これも後で考えると、「こまつ座」旗揚げ公演だったからだろう。その時観た芝居は、「頭痛肩こり樋口一葉」、出演者全員が女性である。上記のスタッフ全員が女性で揃えたというのも、最初からの「狙い」だったようだ。
学生時代には、少し芝居をかじっていたからか、井上ひさしのイメージとして、「何か俗っぽい」と勝手に思っていたが、その見方は一変した。樋口一葉(夏子)をはじめとする女性たち、そこには幽霊までも登場するのだが、その彼女たちの絡みは、よくできたドラマツルギーを感じた。それ以来、井上ひさしの戯曲は、レーゼドラマ(読む芝居)として、読むようになった。最近は、NHK衛星放送で、芝居の実況もするようになったので、録画して楽しんでいる。小林多喜二が登場する「組曲『虐殺』」もその一つである。多喜二の姉役を演じた高畑淳子さんの演技にも「うまいなあ」と感じた。
先日、NHK-FM日曜喫茶室で「井上ひさしが残してくれたこと」をやっていたので、聴いてみた。井上ひさしの三女、井上麻矢さんも出演し、父のエピソードなども披露されており、大変面白かった。難点を一つだけ言えば、(司会者はかま満緒さんの井上作品への無理解は、見過ごすにしても)、「組曲『虐殺』」が、小林多喜二を主人公とし、あの「暗黒時代」を再び来ることのないようにという、作品に込めたメッセージには一切触れられなかった事だ。小林多喜二という固有名詞を挙げなければ、生前最後の作品がどういうものだったかはさっぱり分からない。
先日、Facebook の投稿に、ある FB 友から、厳しい「お叱り」の言葉をいただいた。有名になったが、井上ひさしの言葉「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く」。実は、このモットーを貫くのは、大変「難しい」ことである。少しでも、こうした境地に近づくために努力したい、と改めて肝に銘じている次第である。

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