樋口一葉「にごりえ」に関する旧文

先日、井上ひさしの芝居「頭痛肩こり樋口一葉」について書きましたが、5月2日は、一葉の生誕140年だそうです。赤旗文化欄4月27日に、その記事が載っており、FB友がスキャンされていた(上写真)。ここでは、その一葉に因んで、以前書いた駄文を掲載しておきます。
「薄倖の女流作家」と言えば、樋口一葉を置いて、ほかを語れないだろう。(当時の)新札の肖像画登場で、一葉ブームだと思うが、本当に分かって読まれているのだろうか。かく言う当方も以前一回読んだだけでは、とうてい分からなかった記憶がある。文語体でのフィルターもあろうが、特に「遊郭」を舞台にしたこの作品や「 たけくらべ」は、ちょっとした道具立てなどピンと来ないのではなかろうか。加えて、「にごりえ」はちょっと謎めいた作りになっている。この濁った絵という世界の中で、芯の強さもあった主人公お力も何か投げやりの印象を受ける。前田愛も「近代文学の女たち-『にごりえ』から『武蔵野夫人』まで-」(Amazon)で言うように、最後のお力と源八は無理心中か、合意の上での心中かというのが釈然としない。様々な人々の噂話を書き連ねることで、樋口 一葉は、お力の心の奥底の悲劇を描いたのであろう。
鯛よし百番(1)と一葉作品を理解するためというわけでもないが、まだその面影を残している「鯛よし 百番」という料亭に家族で見学に出かけた。「百番」のある飛田新地は、樋口 一葉の描いた明治期のそれではなく、時代は少し下って大正年間に出来た所だ。なんでも、古い遊郭街が火事で焼けたので、刑場跡に作られたという。昔は番屋があった大門を通り抜け、今も「殷賑を極める」とも言える飛田界隈を歩き、もちろん今は普通の料亭になっている「百番」に一歩中に入ると、建物全体が「伎楼」としての昔を彷彿とさせられるし、周囲の景色と相まって、大正初期にタイムスリップしたようである。(写真は、「百番」内部)

鯛よし百番(2)

外観は、木村荘八画の「たけくらべ」絵巻のうち、酉の市で賑わう吉原遊郭の姿によく似ていると思った。ひょっとしたらお力や「たけくらべ」の美登利も顔を出しそうな雰囲気であった。

2005年3月2日記


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