【堀辰雄の漢詩訳】
3月17日の青空文庫は、堀辰雄の幾編かが公開されています。そこで以前触れた堀辰雄の杜甫の詩訳を紹介します。春らしい詩から…
堀辰雄訳
客至
春の頃になると
浣花谿には俄かに水が增してきて
我家の南も北も悉く一ぱいに滿ちてゐる
さうして日日鷗が澤山その水べに集ってくる……
が、ただそれだけだ――
こんな春になっても
他に訪ねてくれる客は無ささうだから
花の咲きみだれた徑は掃除もしてをらなかった
ところが 君がけふ訪ねて下すった
そこでわが蓬門をいま始めて開いた……
もともと市に遠い片田舎だから
午飯を差し上げようにも唯一品
しかし家は貧しうござるが
舊くから醸した酒だけはある
それを御馳走しようとおもふがどうだらう
一つ陪客に隣りの爺を呼ばうではないか
なに 籬を隔ててちょっと聲をかければ
すぐ喜んで來てくれるのだから……
原詩
客至
舍南舍北皆春水,
但見(一作有)群鷗日日來。
花徑不曾緣客掃,
蓬門今始爲君開。
盤飧市遠無兼味,
樽酒家貧只舊醅。
肯與鄰翁相對飮,
隔籬呼取盡餘杯。
読み下し文
客 至る
舍南 舍北 皆 春水,
但だ見る(一に昨と有り) 群鷗の 日日に來たるを。
花徑 曾つて 客に緣りて掃はず,
蓬門 今 始めて 君が爲に開く。
盤飧 市遠くして 兼味 無く,
樽酒 家 貧にして 只だ舊醅のみ。
鄰翁と 相ひ對して飮むを 肯んずれば,
籬を隔てて 呼び取りて 餘杯を盡さしめん。
詩詞世界 から
底本:木耳社「堀辰雄・杜甫詩ノオト」(1975年12月10日刊)
写真は、「杜甫草堂博物館」(Wikipedia より)