タグ別アーカイブ: スペイン語

政治は市民が変える

2015年6月2日付の赤旗「若者欄」の¡ Vive el mundo ! (世界に生きる)は、スペインの若者がはじめたSNS(ソーシャルネットワークサービス)が政党結成から議席獲得まで至ったとの話。SNSだけで、世の中変わるとは到底思えないが、若者たちが変革のための強力な「武器」になっていることは確かなようだ。既存の組織も従来の考えだけではやってゆけないことはそれ以上確実である。「民主集中制」がすべて悪いわけではないが、こうした自由な発想を取り入れない限り、硬直さを免れない。それにしても、スペイン共産党はどこに行ってしまったのだろう?
「ポデモス」とは、スペイン語で、助動詞 poder(できる)の一人称複数が主語の場合の変化形、Yes,We Can !という意味である。
日本でも、「安保論戦再現 いいね! フェイスブック 金沢の主婦反響」という動きもある。
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10月1日の診療など

*月が変わり、年度下半期が始まったわけではあるまいが、外来は高齢者の胸部レントゲン異常が立て続けにあった。昨年から、斑状陰影が増えてきたIさん、結核なども疑い、胸部CTへ。全身倦怠感のMさん、右肺門部に腫瘤状陰影、同じくCTで精密検査。明日から旅行予定のUさん、左上肺野に炎症像あり、結核の鑑別が必要。
*9月28日付けの赤旗文化欄、一海知義先生の漢詩閑談(写真)は、以前の河上肇からの連想で「貧乏神」物語。学生時代の初舞台が「貧乏外」(作者失念!)という芝居の「馬鹿殿様」役だった。貧乏神は、実は庶民の味方で、「水呑み百姓」に「殿様」に反抗をしかける、その殿様の「馬鹿さ加減」をたたいたところで現実は何も変わらない、といったテーマと筋だったと思うが、現代でも示唆的である。ともあれ、紹介の漢詩からもあるように、貧乏神というと、どこか、憎んでも憎みきれないユーモアがあるようだ。

赤旗文化欄、一海知義先生の漢詩閑談

赤旗文化欄、一海知義先生の漢詩閑談


*今日のLong Tube Media

スペインの古いギター曲集と思われる。この頃からフラメンコの調べを思い浮かべる。
ちなみに、少し、初歩からスペイン語を学びたいとの意味で、Facebookで、「スペイン語広場」を利用している。よかったら、閲覧を願う。

スペイン語学習(その10)―橋下君に贈るエスパーニャ俚諺(続々々)

ガウディの栞

ひさしぶりに、「テレビでスペイン語」を観た。とりあえず、4月19日(木)の録画分。タイトルは、「¡Gracias!」と易しいのだが、中身はなかなか濃い。まず、Barcelona では、サグラダ・ファミリア教会(リンクは、Wikipedia)の建築が100年以上も続いているとのことで、感心した。ガウディ死後100年の2026年完成を目指すという。写真は、息子から貰ったスペインみやげのガウディの栞。
それと、「言葉あるき」のコーナーが秀逸。

Mucho ruido y pocas nueces.

ruido は物音、nueces < nuez はクルミ(女性名詞)。mucho ⇔ poco は、多い、少ない。全体で「大きな音なのに、実の少ないクルミ」とナッツを食材によく使うスペインならではのことわざ。テキストでは「大山鳴動鼠一匹」と言い換えるが、少しニュアンスが違うようだ。
そう、インタビューの場面で、取材相手を根拠もなく罵倒する君のことではないかな?

スペイン語学習(その 9)- うちの犬はあまり走りません

ある、FB友は、スペイン語ラジオ講座は、応用編を聴いておられるようだ。私も、ボツボツではあるが、その応用編をも学習するようにはしているが、なにしろ基礎がない身、だんだんついて行けなくなってしまった。ここは、奮起して、基礎編も再履修とゆく。4月段階では、幸いなことにそんなに difícil ではない。犬の散歩のついでに、MP3プレイヤーからでも耳に入ってくる。今は、動詞現在形の人称変化である。ある日の散歩で、

Nuestro perro no corre mucho.

correr(走る)は、三人称単数で、corre
うちの老犬は、首輪を引っ張らないと、前へは進めない!

うーん、犬の介護対策も深刻だ!

Nuestro perro


スペイン語学習(その 8)―橋下君に贈るエスパーニャ俚諺(続々)

スペインの闘牛

日本では、居住する住宅の期限は約30年だとテレビで観た。ところが、西欧では、古くからある住宅を改修しながら住み続けるのが当たり前だそうだ。「テレビでスペイン語」講座・バルセロナシリーズの2回目では、ガウディ設計の建物に今も快適に住み続けているの老婦人が登場していた。1920年代の建造物というから、90年くらい経っている。文化の大きな違いを感じてしまう。
今回も、「言葉あるき・おもしろいナ」コーナーでは、スペインのことわざを紹介していた。スペインといえば「闘牛」、それにちなんだことわざが多いのだろう。

Coger el toro por los cuernos

coger:つかむ toro:雄牛(対して雌牛は、vaca[バカ]という。決してスペイン人が「女卑」ではないと信じてる(笑))cuerno:ツノ 「牛の角をつかむ」⇒「困難に立ち向かう」となるそうだ。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」とでも言おうか?
そこで、

La gente toda de Osaka! Coger el toro por los cuernos!
 すべての大阪人よ!ハッシー君の暴走を食い止めろ!

写真は、Wikipedia の闘牛の項より。

スペイン語学習(その 7)―橋下君に贈るエスパーニャ俚諺(続)

NHKラジオ アンコール まいにちスペイン語 2012年度

毎日の通勤電車のなかで、聞くのはやはりラジオからの録音を重宝するので、「アンコール・まいにちスペイン語 2012年度」でも 勉強することにした。6ヶ月間の放送テキストが一冊になっており、今までのように、各月号を探し回らなくてすむし、放送内容は、毎回の「完結型」で、番組の最後に「あなたのスペイン語はアップデートしました。」と講師から言われると得したような気分になる。難易度もそんなに難しくなく、初級と中級の間ぐらいだろうか。
4月6日 Lección 5(cinco)は、これまた、エスパーニャ俚諺。

Perro ladrador,poco mordedor.(ほえる犬はかみつかない。)

発音は、巻き舌を駆使しなければならず、「べらんめえ」に慣れていない関西人には、結構難しい。ladrador(吠える)は、猟犬由来の Labrador Retriever と語源的には関係があるのだろうか?寡聞にして知らないが、それはともかくにして、今日(こんにち)、ご当地では、次のように言い換えもできるのではないか、とふと思った次第。

Los hombres de Osaka saben,perro ladrador,mucho mordedor.(大阪人なら誰でも知っている、吠え犬はやたらに噛み付くと。)

ま、誰のことか分かるだろ、Señor Jasimoto!

スペイン語学習(その 6)―橋下君に贈るエスパーニャ俚諺

ガウディ「サグラダ・ファミリア教会」

4月から「テレビでスペイン語」を見ることにした。ラジオの語学講座は、はじめのうちは簡単な表現の繰り返しで、やや退屈だが、テレビでは、色々な映像を見ることができる。また他の日常会話も聞きとれるのが大きな利点である。その会話も少しは分かるようになっているのは、ラジオ語学講座を1年間聴いていたおかげで、すこし嬉しくなった。今回のシリーズは、バルセロナが舞台、美しい街並みも堪能できそうだ。バルセロナと言えば、ガウディ、写真は彼の作、サグラダ・ファミリア教会(リンクは、Wikipedia、写真も同サイトから)である。
その中で、スペインの色々な「ことわざ」を紹介する、コーナーがあった。第1回目は、以下である。

A cada cerdo le llega su San Martín.

a 〜に cada 各々の cerdo (男)豚 le (豚)に llega < llegar(着く) の現在形 San Martín 聖マルティネス祭(11月11日、matanza[塩漬け]などの豚加工品作りが始まる頃)

つまり、「いずれ報いを受けるよ」の意味だそうだ。わかったかな、橋下君、Señor jasimoto,a cada cerdo le llega su San Martín.(悪いことばかりしていると、塩漬けにされちゃうぞ!)

スペイン語学習(その 5)―接続法の学習

接続法が勉強したくて、以下の本を買いました。

入門を終えたら接続法を使って話そうスペイン語

直接法(事象や行為を現実・事実として述べます。)

Lo siento,pero el abogado fue elegida alcalde de Osaka.

(fue は ser の三単点過去直接法)

接続法(事象や行為などを非現実・仮定として述べます。)

Espero que el abogado sufra una derrota.

(sufra は surfir の三単現在接続法)

「話の内容について、話し手が感じている心理的スタンスの違い」とあります。ふんふんなるほど…


スペイン語学習(その 3)ー直接法と接続法

スペイン語の要の一つは、動詞活用。ラテン語を引きずっているのか、かなり複雑である。その一つが、直接法と接続法。
NHKスペイン語講座2011年9月より
a)否定文を関係節が修飾する場合
No hay ninguna habitación que tenga (接続法現在) aire acondicuonado.
b)先行詞の内容が特定されない場合
Ellas viven en un piso que tiene (直接法現在) dos dormitorios.
Ellas buscan un piso que tenga (接続法現在) dos dormitorios.
「接続法」は、(話者・主語) が〈仮想した〉ことを示す場合に使われるらしいが、これではよく分からない?