タグ別アーカイブ: ハイドン

12月17日の診療

*数字というのは、各個人それぞれに思い入れや主観的感情があるようだ。健診に来られた70才台のKさん、(写真はそのカルテ)「何か、これ困ったな、という症状はありますか?」「この頃、膝が悪くなって以前やったらたくさん泳げたのに、800メートルくらいしか、できへんようになっています。」800メートルなら御の字じゃないですか?もう一人、80才台のNさん、「センセには40年来お世話になっています。」ん、40年というと、当方まだ西成に来ないどころか、医者にもなってないんですが…

健診の電子カルテ

健診の電子カルテ


*今日のメディア逍遥
〽パパハイドンシンフォニーを傍らに四つの気分で朝のお散歩

*外つ国言葉の庭
いきなり過激(笑)
¡Buenas tardes! Primer Abe esta inaguantble. Tenemos qué derrocar su gobierno.
安部首相には我慢出来ない。私達は彼の政府を打倒しなければならない。


11月23日のオフ

*チータさんとミノリンとナオチーとナオチーのパパと岡崎動物園へ!(写真)50〜60年ぶりだったが、意外とこじんまりとしたエリアだと感じた。ま、いろんな動物を見るために歩き回るのにはちょうどいい距離かな?それでも万歩計は、14000歩くらいカウントしていたが…


*今日のメディア逍遥
三重奏胸の思いを語り合うみんな違ってみんな良い音


5月26日のオフ

*大阪母親大会での「今、福島を考える」といった趣旨のシンポジウム、結局、原稿なしで臨んだ。そんなこともあろうかとスライドに、発言の要点を書き込んだのだが、スライド上映中は、その文字は、「老眼」で、ぼやけて見えず、ずいぶん、シドロモドロになった。そのせいでもないが、他の二人のシンポジスト、一人は福島から「避難」している母親の切々とした思い、もう一人は、学生ボランティアの若者らしい活動の報告にすっかり「埋没」してしまった感じである。ま、以下のような発言ができ、参加者からも一定の反響があったことだし、これはこれで良しとしよう(笑)。
・車が突っ込んだままの崩れた家の軒下を巣とする小鳥たちが、群れをなして飛んでいった。これを見て、ある種の既視感(デジャヴ)があると思い続けてきたが今日になって気づいた、それはジブリの映画・天空の城ラピュタにも似た光景だった。でも、「ラピュタ」との決定的な違いは、空の彼方へ勝手には飛んでゆかないことだ。今後、「未来永劫」にこの「地上」にあるかもしれない。
・私たちは、決して「分断」されてはならない、福島を離れた人も残っている人も、思いはいっしょだ。その意味で、シンポジストの一人は、残っている人たちとも連絡を取りあっているとのご経験は、素晴らしいことだ。

写真は、地元の駅近くに咲いていた八重のテッセン(クレマチス)。ここまでくるとやや暑苦しい感じがしないわけではないが…(笑)
八重咲きのテッセン

八重咲きのテッセン


*今日のメディア逍遥

シンポジウムへの行きは、メンデルスゾーンに、帰りは、グールドのハイドンに慰められた。ピアノの響きが、いつまでも心に残っている一日だった。