タグ別アーカイブ: 一海知義

10月1日の診療など

*月が変わり、年度下半期が始まったわけではあるまいが、外来は高齢者の胸部レントゲン異常が立て続けにあった。昨年から、斑状陰影が増えてきたIさん、結核なども疑い、胸部CTへ。全身倦怠感のMさん、右肺門部に腫瘤状陰影、同じくCTで精密検査。明日から旅行予定のUさん、左上肺野に炎症像あり、結核の鑑別が必要。
*9月28日付けの赤旗文化欄、一海知義先生の漢詩閑談(写真)は、以前の河上肇からの連想で「貧乏神」物語。学生時代の初舞台が「貧乏外」(作者失念!)という芝居の「馬鹿殿様」役だった。貧乏神は、実は庶民の味方で、「水呑み百姓」に「殿様」に反抗をしかける、その殿様の「馬鹿さ加減」をたたいたところで現実は何も変わらない、といったテーマと筋だったと思うが、現代でも示唆的である。ともあれ、紹介の漢詩からもあるように、貧乏神というと、どこか、憎んでも憎みきれないユーモアがあるようだ。

赤旗文化欄、一海知義先生の漢詩閑談

赤旗文化欄、一海知義先生の漢詩閑談


*今日のLong Tube Media

スペインの古いギター曲集と思われる。この頃からフラメンコの調べを思い浮かべる。
ちなみに、少し、初歩からスペイン語を学びたいとの意味で、Facebookで、「スペイン語広場」を利用している。よかったら、閲覧を願う。

日本人と漢詩(25)—和漢朗詠集と白楽天

白楽天
題峡中石上   峡中の石上に題す 
巫女廟花紅似粉 巫女廟ぶぢよべうの花はくれなゐにしてほほにに似たり
昭君村柳翠於眉 昭君村せうくんそんの柳はまゆよりもあを
誠知老去風情少 誠に知んぬ老いもてんで風情ふぜいの少きことを
見此爭無一句詩 これを見てはいかでか一句の詩なからむ

赤旗文化欄から

一海先生に刺激されて、ちょうど手持ちの漢詩アンソロジー「和漢朗詠集」と「訳注聯珠詩格」をパラパラとめくってみると、案外あるんだな、「風」が含まれている詩が…「春風」「東風」「風、席を払い」「風に随って舞い」「風、襟に入り」などなど。でも別の意味での「風情」などは少ないが、「和漢朗詠集」には、新聞記事の中の白楽天の絶句が前半と後半ともに引かれていた。そこで、一気に時代は、1000年遡る!
白楽天が生きたのが、9世紀の中国、その200年も経たずして、藤原公任によって「和漢朗詠集」が編まれ、白楽天は詩句の採用では。第一位を占めるようになった。訓読は、「古点」によるものなので、新聞記事とは異なる。粉は「類聚名義抄」に「ほほに=ほほべに」とあるとのこと。

さらに、興味深いのは、「和漢朗詠集」により、その後の日本の詩歌のテーマが形作られ、「美意識」が定着したことだ。それは、現代まで脈々と受け継がれている。その例として「新潮日本古典集成」では、中世「太平記」にあるエピソードにも、詩句が若干変更されているが、この詩を引用する。高師直が、塩谷判官の妻に、よからぬ思いの懸想するところの一文である。

[太平記巻二十一、塩谷判官讒死事]
只今此女房湯より上がりけりと覚て、紅梅の色ことなるに、氷の如なる練貫の小袖の、しほ〳〵とあるをかい取て、ぬれ髪の行ゑながくかゝりたるを、袖の下にたきすさめる虚だきの煙匂計に残て、其人は何くにか有るらんと、心たど〳〵しく成ぬれば、巫女廟の花は夢の中に残り、昭君村の柳は雨の外に疎なる心ちして、師直物の怪の付たる様に、わな〳〵と振ひ居たり。

*参考文献
「新潮日本古典集成」 和漢朗詠集 新潮社
「日本古典文学体系」 和漢朗詠集・梁塵秘抄 岩波書店