タグ別アーカイブ: 文楽

4月19日の診療

*以前、私の「母子手帳」を紹介することがあった。それは、初代の「母子手帳」らしい。そこで、少しその淵源を探ってみたくなった。「母子健康手帳の評価とさらなる活用に関する研究」 によると、戦時中ドイツに留学していた産婦人科医瀬木三雄先生が、そのドイツのある地域の Mutterpassを導入し、「妊産婦手帳」としたものを、戦後すぐに「母子手帳」に発展させたらしい。「妊産婦手帳」には、妊婦の心得として、第一条に「丈夫ナ子ハ丈夫ナ母カラ生マレマス。妊娠中ノ養生ニ心ガケテ立派ナ子ヲ生ミオ國ニツクシマセウ」とあるから、瀬木三雄先生は、そんな意図はなかったと否定されているらしいが、「産めよ増やせよ」の国策に沿ったものが、「母子手帳」のルーツである。写真は、1947年現役の「妊産婦手帳」、まだ国粋的な「心得」は削除されていないところが興味深い。ドイツの Mutterpass は、ナチスの「優生思想」があったと推測されるが、Wikipedia では、そこは触れられていない。うまく纏まったら、どっかで発表しようかな?


*今日のメディア逍遥
〽いろんな事おましたなあ名号に南無阿弥陀仏悲哀を超えて

FBへの投稿から:橋下市長の文楽助成金削減に端を発した騒動の中、人間国宝・竹本住大夫さんは脳梗塞に倒れました。懸命のリハビリの中、見事に舞台復帰(それが引退公演でもあったわけですが…)を遂げられました。公演当日は、舞台上手、太夫の語りの真下で聴いていました。人情味あふれる節回しにうっとりしました。桜丸切腹の段、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」の名号が、わかったような顔をして、とかく文楽にチャチャを入れる輩どもをも包み込むような実に慈愛に満ちたものに感じたのは私だけでしょうか?また、リハビリとは、これまた実に人間的な営みであると改めて思いました。

4月10日のオフ

*国立文楽劇場で「菅原伝授手習鑑」前半を観てきた。なかなか重層的な筋立ての作品である。

「菅原伝授手習鑑」芝居絵

「菅原伝授手習鑑」芝居絵


*今日のメディア逍遥
〽浄瑠璃にリュート重なりわが浮世喜び哀しみひとかたの夢


11月14日のちょっとの診療とオフ

*今日は、朝一番に病児保育「まつぼっくり」の「回診」を行い、国立文楽劇場へ行った。演目は「伊賀越道中双六」の通し狂言。朝10時過ぎから夜9時近くまでの通し狂言、いろいろな登場人物と筋はけっこう面白かった。以前、バイクで伊賀上野近辺を通った時、「鍵屋の辻・荒木又右衛門決闘の地」があったなあ。が、なにせ通し狂言をぶっ続けで観るのは、体力勝負だとつくづく感じた。

伊賀道中双六

伊賀道中双六


*今日のメディア逍遥
文楽の三味の音(ね)語る哀切にいつしかフォリアの弦と重なる


4月10日の診察室

*昔、松竹新喜劇で藤山寛美がいた頃、お客さんのリクエストで、その日の演目を決めるという面白い企画があった。彼が、用意した芝居は、40から50くらいだったか、その中で、拍手の多いものから、舞台を短時間で準備するというスリリングなものだった。名付けて「リスエスト公演」。実は、来週は、薬剤師の集まりで発表を頼まれたので、この形を取ることにした。こちらは、「リスエスト講演」(笑)といっても、3つのテーマから1つか2つを選んでもらうのだから、到底、寛美に並ぶべくもない(笑)。というわけで、そのなかの1つを準備中…

まんがでぶんらく(その七)表紙

まんがでぶんらく(その七)表紙


*今日のメディア逍遥

本日は、国立文楽劇場へ。一度観たかった(聴きたかった)ので、まさにリスエスト興行。

1月23日の診療室

*デイサービスでは、風船でバレーボールを楽しんでおられた。その風船が、Fさんの頭にあたり、見事ゴール。素晴らしいヘッディングシュート!?。

文楽正月公演のパンフとチケット

文楽正月公演のパンフとチケット

*本日のメディア逍遥
文楽「寿式三番叟」「義経千本桜」「増補大江山」
夕方から正月公演(写真はチケットとパンフレット)。「義経千本桜」鮨屋の段では、「悪人は実は…」とのよくある設定ながら、それゆえの「悲劇」を聴かせてくれる。主人公の「権太」から「ゴンタ」という大阪弁が生まれたそうだ。「大江山」戻り橋の段は、渡辺綱と悪鬼と躍動感ある立ち回りが見応えがあった。


11月22日のオフ

*まずは、お抹茶セットにて、息をついて、これからは長丁場の始まり始まり…ー 場所: 国立文楽劇場

文楽公演前の「お抹茶セット」

文楽公演前の「お抹茶セット」


*朝10時半から夜9時までの文楽三昧。椅子に座っているだけの肉体的疲労と時々の場面に合った浄瑠璃と三味線の語り、人形の細やかな動きに魅入る精神状態の葛藤。しばらくはその余韻を愉しむことにする。途中、アドリブでの「謎かけ」、「維新の会とかけて、万博公園と解く、心は、太陽の塔(『芸術的価値』はともかくとして、今はずいぶん古臭くなったが)と一緒」というのは、誰かさんへの精一杯の抵抗か?()内は、私の追加。写真は、祇園一力茶屋の場のスケッチ。
「仮名手本忠臣蔵」舞台模型

「仮名手本忠臣蔵」舞台模型


10月14日のオフ

*京都方面に山行に出かけようと思ったが、ちょっと体調の具合で断念、弁当もあることだし、陶器山~天野山くらいで、軽くジョッギングしようかな?
*10月3日の市長と文楽関係者の「意見交換会」。(写真は、大阪民主新報10月14日付けの記事)意見交換というのは、世間の常識では、あくまで対等の立場で、お互いの立場を理解するために行われるものだ。それを自分の理屈だけを一方的に述べるのを「独裁」と呼ぶ。たとえ、補助金を恵んでやるとのケチくさい御慈悲を示そうとも…

大阪の文化遺産守って!

大阪の文化遺産守って!


*今日のLong Tube Media
水野 忠夫 (著)「囚われのロシア文学―ソヴェト政権下の文芸活動」 (中公新書)(アマゾン
ロシア文学というと、プーシキン、トルストイ、ドストエフスキー、チェーホフなどを思い浮かべるが、実は、その「伝統」は、エセーニンなど革命直後の「百科争鳴」の時期を経て、現在まで繋がっている。革命前もそうだったように、革命後も、文学は時の政治勢力と必ずしも幸せな関係ではなかった。 私たちにとってアクチュアルなのは、戦争終結からソ連邦崩壊直前のそれぞれの作家がたどった運命である。ソルジェニーツィンの「宗教的な回心」の全てを肯定できないまでも、その全てが忘れ去られようとしている現在、日本に生きる私たちにとっても、重くのしかかる課題と感じられる。


9月22日のオフ

文楽11月「仮名手本忠臣蔵」の通し公演のチケットが、ある共済会の抽選で当たった(写真)。なんと5割引!でも、二人で観ようと思えば、もう一組ゲットしなくては…

「仮名手本忠臣蔵」の通し公演

「仮名手本忠臣蔵」の通し公演


*今日のLong Tube Media
ベルトルト・ブレヒトの「第3帝国の恐怖と貧困」。単純な同一視、アナロジーは戒めなくてはならないが、今日的状況と引き比べてしまう。また、個々のエピソードは、時空が異なるので、万全の理解はできないが、親が子どもの密告を恐れる場面など十分恐怖的である。最後の女将さんの台詞「(考えながら)一番これがいいわ、たった一言、『いやだ』って書くの。」は、恐怖と貧困の中でのパンドラの箱か?