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高村薫「李歐」の漢詩

成都のホテルにあった諸葛孔明像

成都のホテルにあった諸葛孔明像

4月26日から5月5日の間の主にチベット旅行の間に高村薫作「李歐」を読み終えた。初めての中国旅行、といっても上海・北京は空港で素通り、成都では一泊のみだったので、本来の中国はかいま見た程度であった。その中国を小説の「ヒンターラント」としているのが、小説「李歐」。小説そのものの解説や感想はいくつか Web にもあるようなので略するが、いくつかの漢詩を引きその効果を高めている。ここでは2首(+1首)ほど…

・張謂「湖中對酒作
 夜坐厭わず 湖上の月
 昼行厭わず 湖上の山
 眼前の一尊 又長えに満ち
 心中万事 等閑の如し
 主人黍有り 万余石
 濁醪数斗 応に惜しまざるべし
 即今相対して 歓をつくさずんば
 別後相思うも復何の益かあらん
 茱萸湾頭 帰路はるかなり
 願わくは君且らく宿せよ黄公の家
 風光かくの如くして人酔わずんば
 参差として東園の花に辜負せん

・劉長卿「重送裴郎中貶吉州
 猿啼き客散ず暮江の頭(ほとり)
 人は自から心を傷ましめ水は自から流る。
 同じく逐臣お作(な)るも君更に遠く
 青山万里一孤舟。

杜甫「返照」(ドイツ語訳付き)はあまりにも有名なのでリンクのみ。

「非情な政治」に翻弄された登場人物たちに、これらの漢詩は、切ない感情をかきたてるが、一片の叙情を添えている。チベットでの写真などは、機会があれば投稿することにしよう。


2月9日のオフ

*とりとめのない話題で引用二つ…

板谷英紀「賢治博物誌」を読んでいたら、「貝の火」に出ている「玉」はオパール(正確に言うとオーパル)だそうだ。以下の文章ではすごく美しく描写されている。

…ホモイは玉を取りあげて見ました。玉は赤や黄のほのおをあげて、せわしくせわしくえているように見えますが、じつはやはりつめたくうつくしくんでいるのです。目にあてて空にすかして見ると、もうほのおはなく、天の川が奇麗きれいにすきとおっています。目からはなすと、またちらりちらりうつくしい火がえだします。…

かいの火が今日ぐらいうつくしいことはまだありませんでした。それはまるで赤やみどりや青や様々さまざまの火がはげしく戦争せんそうをして、地雷火じらいかをかけたり、のろしを上げたり、またいなずまがひらめいたり、光のながれたり、そうかと思うと水色のほのおが玉の全体ぜんたいをパッと占領せんりょうして、今度こんどはひなげしの花や、黄色のチュウリップ、薔薇ばらやほたるかずらなどが、一面いちめん風にゆらいだりしているように見えるのです。…

宮沢賢治「貝の火」(青空文庫カード

なんぢをばかなしまず行けたとへそらOPALの板となりはつるとも。

ぬれそぼちいとしく見ゆる草あれど越えんすべなきオーパルの空

宮沢賢治・短歌

NHKカルチャーラジオ「漢詩をよむ」を聴いていたら、次のような詩が取り上げられていた。消寒会という寒さをしのぎ、山水画を楽しむ会合での詩。臘梅を「磬口の花」というらしい。磬口とは、仏事で用いる広口の鐘のこと、蝋梅の花の形が似るとある。以下の解説にあるようなイメージだろうか。

やさしい仏教入門
蝋梅ろうばい磬口けいこうの花と言えるとか

消寒絶句六首 其二 清・呉錫麒
礬頭山在屋頭堆
磬口花于水口開
不遇故人誰共賞
打氷声裏一舟来

消寒絶句六首 其の二 清・呉錫麒
礬頭ばんとうの山は屋頭に在りてうずたか
磬口けいこうの花は水口にいて開く
故人にわずんば誰か共にか賞せん
打氷 声裏 一舟来る

*外つ国言の葉の庭

今日も、FBコメントそのまま…
[Esto y aquello de verbo español(スペイン語動詞あれこれ)37]
¡Buenos días! Me llamo Don Quixote.今日は力作です(笑 昨日の例文の解説になるか分かりませんが…まず、aprender:learn「学習する」の「未来形」の人称変化です。-é -ás -á -emos -é -án と動詞不定詞に語尾変化のつく規則変化です。ser:be「〜である」などの不規則変化っぽい動詞も同じ人称変化をします。動詞の「未来形」は、ある文法書によると「現在推量形」と命名したほうが分かりやすいとある、と書きましたね。昨日と今日の例文でも、「学ぶだろう」「〜であろう」の意味です。では、力作(というより、演説が力作、名演説)の例文(笑 Señor Utsunomiya citó a Jou Niizima y habló al pueblo en mitin último ‘La verdad es similar a un ciruelo de época fría,se atreve a florecer contra el viento y la nieve.’ A os ese discurso será inolividable todo el tiempo.(宇都宮さんは、最後の集会で、新島襄を引用し、人々に話しました、「真理は寒梅の似し 敢えて風雪を侵して花開く」。私たちには、その演説は忘れがたいものになるでしょう。ねんのため、演説全文です。 次回からは、いよいよ西語の難関、「接続法」です。では、¡Adios!

*今日のメディア逍遥
〽それぞれに諸行無常の響きあり野望の人の明日はいずこか


爺は歳八十、眼に霧なし…

日本ペンクラブのサイトに、電子文藝館という、小説やエッセーが載っているページがあります。なにげなく、ながめていたら、次のような漢詩が目につきました。(詠う季節が、ちょっとチグハグなのはご容赦ください。)

 冬夜    冬夜とうや

爺繙欧蘭書  ちちひもとく 欧蘭おうらんの書
児読唐宋句  は読む 唐宋の句
分此一灯光  此の一灯の光を分かちて
源流各自泝  源流 各々 みづかさかのぼ
爺読不知休  爺は読みて むことを知らず
児倦思栗芋  みて 栗芋りつうを思ふ
堪愧精神不及爺  づるにふ 精神 爺に及ばず
爺歳八十眼無霧  爺は歳八十 眼に霧なし

 一九世紀のはじめ頃、美濃の一隅で、一つのランプの光を分けあって、それぞれの勉学にはげむ父と娘。疲れて、ふとおやつがほしくなる娘、しかし、一向に疲れを知らぬ父の姿に畏敬の念を感じて恥じる。

電子文藝館:門玲子「江戸女流文学に魅せられて」

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